雑記乱文
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| 2004年08月20日(金) |
桜島ライブ〜鹿児島入り〜 |
行って来ました!桜島へ。 燃えてきました!長渕剛オールナイトライブに 乗ってきました!飛行機にも。
そんなわけで、時は2004年8月20日 羽田19:00発ANA629便。 にも拘らず、僕が会社を出たのは16:00。 神田駅から羽田空港までは1時間もあれば充分着きます。 そんな事は僕だって分かります。分かりますとも。 でもね、何がどうやっていいか全く分からないんですもん。 なにせ空港へ行ってなにをすればいいのかって知識ゼロですからね。 予想通り17:00ちょいに羽田空港へ到着。 電光掲示板には色々な地名やら、便名、出発時刻やらが書いてあり、その横には搭乗手続き云々と書いてあります。 目の前には何やらその搭乗手続きをするべき機械がズラ〜ッと並んでます。 などほど。飛行機に乗るにはまずはこれをしないと駄目なのね。 が、僕が乗る羽田発鹿児島行ANA629便の名前はどこにもありません。 そりゃあそうでしょう。なんせ2時間も前なんだから。 と20分近く余裕に構えて本なんぞを読んでいて、先ほどの掲示板に目をやると、まだ該当する便名はありません・・・と一番下の方に横方向に流れるとこに1瞬ですが見覚えのある便名があった様な気がしました。 しばらくそこを凝視してると、やっぱりありました。 ANA629便搭乗手続き中の文字が。 慌てて機械の前に行くんですが、やり方が分からない。 そこら辺にいた係りの女性に聞くと「機械に通してください」との事。 「いや・・・やり方が分からないんですけどぉ〜〜〜」と言うと。 「全て機械に説明が出ますので、それに従ってください」と冷たいお返事。 なんでい!ちょっと・・・否、かなりベッピンさんだからって御高くとまりやがってよぉ〜〜!でも、貴方の様なベッピンさんにそう言う言い方されるの嫌いじゃあないんですよ、僕。と意味不明の事を思いながら、機械へ(機械機械って書いてますが何か言い方あるんでしょうか?)。 旅行会社から渡された紙の「20日」と書いてある(往復だからね)方を機械の指定の場所へ挿入。 もし、ここで帰りの「23日」って書いてる方を入れたらどうなるんだろう?と考えたりもしましたが、そんな大それた事僕に出来るはずありません。 まず乗る人数を聞いてきたので「一人」の指示。 すると希望の席を聞かれました。 初めて乗るんだから窓側がいいなぁ〜と思ったのですが、既に通路側しか残ってませんでした。 前方、中ほど、後方の3種類あったんですが、なにかの本で航空機事故での生存率が高いのは後方、ってのを読んだことがあったので、「後方」を選択。 すると、返却口から先ほど僕が入れた紙が帰ってきました。 よくよく見ると右側の辺りに「34D」とか「12」とか書いてあります。 どうやら座席と出発ゲートでした。 その後は例のピンポ〜ンと言う探知機も一発でクリアー。 しかし、何故か息を止めたまま潜ってました。 久々に間近に見る飛行機はやっぱり大きく、本当にこんなモノが飛ぶの?って改めて思いました。 何回もトイレを行ったり来たりしてるうちに、機内へ案内されました。 座席を教えてもらって(どこか分からなかったんです)座ってみたんですが、みんなが言うほど狭くは感じませんでした。ちょっと前の席との距離が狭かったかな。 おぉ、そうだ記念に搭乗券を携帯に出も残しておこうと思い、携帯を取り出して位置決めをしていると客席乗務員(でいいんだよね?)がツカツカと来て「携帯の電源はお切りください」と注意一発。 うへ〜、早速遣らかしてしまった・・・。 ここは音楽でも聴いて気を落ち着かせよう。とMDを聴いていると、またもや来ましたベッピンさんが。 「離陸してしばらくまではお切りください」 もう駄目です。こうなったら何をしていいのか分かりません。 じっとお地蔵さんの様に固まっていました。 予定時間を30分ほど過ぎて機体が動き始めました。 身体にGが掛かりかなり高速になったのが体感出来きて、しばらくするとフワ〜っとしたのが分かりました。 離陸したんだぁ! そう思うと物凄く不安感に苛まれて、思わず目を閉じて、両の手をギュ〜ッと握り締めていました。 10分くらいはそうしてたと思います。 その後も知らず知らずの間に手はお祈りするかのように組み合わさったままでした。 1時間30分後に無事問題もなく着陸。 着陸の時の衝撃にはちょいとビビリましたが、それでもそこまで思った以上にビビらなかったのは(えっ?充分ビビッてる?)夜だったのと、通路側だったのでイマイチ飛んでるって実感がなかったからんじゃあないでしょうか。
中学1年生、13歳の頃から憧れ続けてきた人。長淵剛。 その憧れの人の生まれ育った町、鹿児島。 やはり実感がないのは夜だからなんでしょうか。 僕が本当に鹿児島に来たと感じるのは翌日でした。
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