ゆりあの闘病日記〜PD発症から現在まで〜

 

 

代理 - 1999年07月17日(土)

夏。いつものように土曜日に角田先生のお宅へチェロのレッスンに伺う。すると奥様のピアノの先生、恭子先生が笑顔で私を待ち構えていた。「美味しいビスケットがあるのよ。珈琲でも飲もうよ」
別段珍しいことでもない。恭子先生は私が麦芽入りの手作りビスケットと薫り高い珈琲に目がないことをよくご存知だ。呼ばれるままにレッスン室からリビングへ向かう。充満する香ばしいアロマ。重厚なダイニングテーブルの上にはコーヒーカップとビスケットのお皿、そして白い便箋。便箋?

恭子先生はコーヒーポットを手にニコニコしている。角田先生は苦笑している。
「ねえねえ、ちょっとお願いがあるんだけど」「はい?」「実はね・・・」
恭子先生は世話好きとバイタリティと顔の広さで有名である。最近ピアノのお弟子さんである男の子のお母さんから持ちかけられた相談に乗ってあげたのだそうだ。ご主人の会社の部下にいい青年がいる。酔っ払ったご主人の面倒を嫌な顔一つせず見てくれて大変好感を持っている。でも仕事が忙しいせいか、はたまた上司であるご主人に付き合わされてばかりいるせいか、女性に縁がないようだ。いい青年なので、ピアノ教室のお嬢様方を紹介していただけないだろうか?というのが、そのお母さんの相談だった。

確かに角田先生のチェロ教室と違って、恭子先生のピアノ教室にはお育ちの良い美しいお嬢様がたくさんいらっしゃる(ここがピアノとチェロの楽器の違いだ)。しかし美しいお嬢様は見合いなどしなくても、いくらでもボーイフレンドなど調達できる。全てのお嬢様方に断られて、どうしたものかと思案にくれた結果、チェロ教室のメンバーはどうかと思い立ったらしい。
だが、華やかなピアノ教室と違ってチェロ教室には適齢期の女性など殆どいない。その好青年は32歳だそうで、20代前半の女の子ではちと若過ぎる。20代後半の女性メンバーはいない。そこで最も年齢的に近かったのが満30歳、もうすぐ31歳の私、という訳だ。
「大丈夫よ。気に入らなかったらご馳走して貰って帰ってきて断ればいいんだから」

私にはもちろん結婚する気などさらさら無い。しかし角田先生ご夫妻には、この数年間並々ならぬご恩を受けているのだから、困っている恭子先生を助けない訳にはいかない。それにまだ20代前半の頃、母に無理矢理見合いをさせられたことが何回かあった。確かに食事して軽くお話しをして帰ってきて、軽く断って終わったような記憶がある。大したことではあるまい。
「いいですよ」「ああ、よかったあ!じゃ、ここに釣書書いて」「へっ?」
成る程。この便箋はそのためのものだったのだ。適当にさらっと書く。本気でないから嘘も書く。−健康状態 良好−。先生ご夫妻と一緒に大爆笑。写真に至っては、たまたま先生の家にあった発表会の時のスナップを同封。顔が下を向いていて誰だか判らない代物だ(爆)。そしていつもより20分遅れで私のレッスンが始まった。

数日後、日時と待ち合わせ場所を指示される。当人同士で、というのが今時の普通のお見合いの形式だ。過去にも経験がある。渡されたピンボケの写真を頼りに、その青年とやらを探さねば。やれやれ。
更に私が朝起きれないことを知っている先生ご夫妻は、非常事態要員として一人娘の織枝ちゃんを私のマンションに派遣してきた。前日から泊まらせておけば心配ないだろうという有難い親心だ。
ところが肝心の当日、二人揃って寝坊してしまったのだ。私は前夜に軽い発作を起こしてなかなか寝付けなかったので。織枝ちゃんはというと、私の家にある数少ない漫画本を夜通し読破したらしい。電話の鳴る音で目を覚ました。「あの・・・」なんということだ。ご当人からのお電話である。時計を見ると丁度待ち合わせの時間ではないか!ここは正直に謝るしかない。「すみません。寝坊しました!」「そうですか。それでは2時間後にお待ちしています。また後程」断る間もなく電話は切れた。

慌てて起き出して仕度する。なんとか2時間後に待ち合わせ場所に着く。すると写真よりも顔立ちの整った青年が笑顔で待っていた。もっと不細工なのを期待してたのに。その方が断りやすいしネタにもなる。
「すみません!」とにかく開口一番謝る。寝坊だなんてやる気のなさがバレバレだ。ところが彼は嫌な顔一つせず「いや、ちょうど買い物したかったんでよかったです」はあ・・・。食事して室内遊園地で遊んで買い物して晩御飯を食べて帰る。
あまりにも普通過ぎてかえって拍子抜けした。この人には、これまでの経験から男性に感じていた漠然とした嫌悪感が無い。ただただひたすらいい人だ。遊び慣れてなくて一生懸命にリードしようと無理している。焦っているのが手に取るように判る。だが嫌な感じではない。オバサマに受けたのも解る。
しかし勿論私には結婚する気など全く無い。今時珍しい男の人もいるもんだ、と思いながら帰途についた。寝坊したことは当分話題をさらうだろう。事実そのとおりになった(笑)

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