まったく、あたしというのは。 語彙力がないのだ、要するに。 言葉にならないなんて、言い訳にもなりやしない。
深夜、あたしだけで寺島の家に行くなんて初めてだった。 砂利の音を立てないように歩くのは、不謹慎だけど楽しかった。 それでも、立てすぎって怒られたけど。
部屋に入れば、 服の固まりが2つあって。 たたむ物かと思ったら、全部脱いだ物だって言うから。 思わず笑ってしまった。
並べてある、見慣れないタイトルのCDを眺めていると、 腕をつかまれて引き寄せられた。 見上げると、変な意味でなく「飢えた」寺島が居た。 「飢え」を少しでも忘れたくてあたしを抱くのかと、 今更に、その瞬間気づいた。
じっとあたしの顔を見ながら、何を思っていたんだろう。 慣れてなくて、恥ずかしくて、目線をそらしてしまった。
乾ききった顔でつぶやかれた「うざい」は、 重たくて、上手く受け止めてあげることが出来なかった。 「全部、やめてしまいたい」と、寺島は吐いた。 こぶしをベッドにぶつけ始めたときは、少しだけ驚いた。 脇の壁にぶつけた後、自嘲気味に微笑みながら、 「帰る?」と、私に聞いた。 「このままだと、俺の八つ当たりを見なきゃいけない」 「そんなの平気だけど…」 「君にじゃなくてさ」 わかってた、けど。 伝える言葉を知らなかった。
どんな言葉も、無力に思えて。 簡単に口にすることが出来なくて。 それでも、何か言いたくて。 「したくないときはしなくたって、いいんだよ」 帰り際に、そんな、 寺島から聞けば根拠のないこと、言ってしまった。 まったくもって説明が足りない。
おやすみ、と言って歩き出した2歩目に、 ただ傍にいるだけでよかったのかもしれない、とも思った。 どうして『大丈夫』って、言えなかったんだろう。
あたしは髪の毛をぐしゃぐしゃと崩した。
言葉を知らないのは、 母から教えられたからだろう。 あたしが導き出した答えでは、ないからだ。
言葉に出来ないことを言葉に出来る力が欲しくて。
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