風太郎ワールド
オフィスのお茶係といえば、一昔前は女性社員の仕事だった。今でも、古い体質の企業に行くと、若い女性社員がお茶やコーヒーを出してくれるから、完全に昔の話でもないのかも知れない。
最近は日本でも男性に負けず劣らずキャリアを歩む女性が増え、簡単にお茶など頼める雰囲気ではないようだ。それどころか、お茶汲みという仕事にムキになって反発する女性も多いらしい。
たかがお茶くらいで、と古い男性陣は訝るかも知れない。ところが、インドに行って考えさせられた。
数年前、インドのシリコンバレーと呼ばれるバンガロールに日本人グループの通訳として随行し、インド人IT技術者達と一週間ほど技術的な会議を重ねた。何人かのインド人は度々日本に来ていたので、既に顔見知りで仲も良い。
会議は毎日朝から夕方まで休みなく続いた。技術的な議論とインド・アクセントに悩まされてしばしば頭が破裂しそうになったが、そんな時ホッと息を継げたのが、チャイ・ブレイク。
朝の会議が始まって1時間もすると、飲み物の希望を聞きに来る。チャイが良いかコーヒーが良いか、砂糖入りかなしか。そうして、10時頃飲み物が運ばれてくる。実は、この注文取りをしていたのも給仕をしていたのも、10代の少年達だった。日本では女性に押しつけられる仕事を、インドでは少年達が担っていた。
いっしょに仕事をしているインド人エンジニアのリーダーは、非常に優秀で高潔な人物だった。IT技術はもちろんのことビジネスのトレンドにも詳しく、ヨーロッパやアメリカにも出張し、世界を飛び回っている。まだ30代の若さだが、日本でも忍耐強く日本人の文句を聞き、礼儀正しく対応していた。
そんな彼が、バンガロールで会うと少し雰囲気が違う。給仕の少年達に対してだ。
"Bring tea at ten." "Stay." "Now, go."
ちょっときつすぎないかと思うほど、命令調。まるで主人が召使いあるいは奴隷に指示を出しているような雰囲気なのだ。
少年達もペコペコしながら、言われるがままに傅いている。そして、我々と目が合うと媚びるような笑みを浮かべる。
彼らを見ていて突然、お茶汲みの持つ社会的意味を悟ったような気がした。お茶汲みという仕事は、主人のために尽くす立場にある人たちの仕事なのだ。
それを敏感に感じ取っているからこそ、日本の女性達はお茶汲みを嫌がるのだろう。いくらおじさん達が、むさ苦しい男より細やかな女性にお茶を汲んでもらう方が職場の雰囲気がよくなると言い訳しても、その裏には、お茶汲みのような単純で重要でない仕事は男がするものではない、雑用は女にさせておけばよいという偏見が見え隠れする。
お茶を汲むという行為そのものは大した仕事でもない。それが証拠に、バリバリのキャリアウーマンでも、好きな男には嬉々としてお茶を入れてあげるではないか。自分の男なら、「ご主人様」と言って尽くす役割も楽しめるのだろう。
そもそも他人に雑用を頼むのが苦手で、お茶汲みでもコピー取りでも自分でやってしまう私にとっては関係ないことで、オレが煎れるコーヒーが一番おいしいなんて単純に考えてしまうのだが、会社の中だけではなく人間が複数集まればどこでも、上下関係・主従関係というものが生じてしまうのだろうか。
ただ、
というから、少し複雑な心境である。
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