風太郎ワールド


2003年04月06日(日) 戦場のピアニスト

映画「戦場のピアニスト」を観た。

ナチス・ドイツ支配下のワルシャワ。両親、弟、ふたりの妹とともに暮らすユダヤ人ピアニスト、ウワディク・シュピルマン。ゲットーに強制移住させられ、家族はみな死の収容所に送られる。一人助かったウワディクは、隠れ家を転々として、生死をさまよいながら生き延びる。

「アンネの日記」、「シンドラーのリスト」をはじめ、ナチスによるユダヤ人弾圧を描いた映画は数多くあるが、この映画では、ポランスキー監督の実体験がふんだんに盛り込まれ、心を揺さぶるシーンが続く。

主役のピアニストを演じるのは、今年のアカデミー主演男優賞に輝いたエイドリアン・ブロディ。授賞式でのスピーチも感動的だったが、演技も素晴らしい。

そして、何よりも私の目を引いたのは、ひと目でユダヤ人と分かる特徴ある彼の顔つき。非常に懐かしい顔だった。

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アメリカの大学院で研究している頃、まったく同じような顔をした友人がいた。世界を吸い込んでしまうほどの、大きな輝く目。異様に高い、鷲の嘴のような鼻。憎めない人柄を表す、極端に垂れ下がった眉。

背格好も、声の質も、話し方までそっくりだった。

「ド」がつくほど、まじめで真剣に生きている男だったが、冗談も理解し、まわりの人間への気配りも忘れない。

私と同じような領域の研究をしていた。我々のグループが気に入っていたのか、しょっちゅう顔を出しては議論をし、いっしょに食事や遊びに出かけたりもした。

ちょうど中東が騒がしい頃で、彼は民族の悲しい歴史を嘆いた。自分達がいかに不当に扱われ、侵略者から攻撃・弾圧されてきたか、熱をこめて訴えた。



留学生だった。

彼が、侵略・迫害者と呼ぶのは、


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同じ大学で物理を教えた教え子のひとりにも、レバノン人の学生がいた。名前は忘れたが、彼もまじめで優秀だった。

レバノンは、かつて中東のスイスと呼ばれ、繁栄を極めた。しかし、当時はイスラエルによる侵攻から数年、南部はまだ占領下にあり、長い戦火で国は荒廃・疲弊していた。彼の家族はまだレバノンに残っていた。

普段はおとなしい彼だが、こと話が中東問題になると毅然と決意を述べた。家族を守るためなら、すぐにでも帰国して戦いに参加すると。

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しばらく前に一緒に仕事をした男に、レバノン系のアメリカ人ジャーナリストがいる。生まれ育ったのは、アラブ系が多いデトロイト周辺。

通訳として働く私より一回り若い「ボス」だったが、非常に気さくで、誰とでも同じ目線で話ができる男。仕事をしていて楽しかった。ふたりはまるで友達同士のように、一日中冗談ともつかぬ話を延々と続けた。

湾岸戦争のときは、中東からCNNのためにリポートしたこともあったらしいが、現在は、モータージャーナリストを経て、自動車会社の広報部門で働く。

彼からは非常に多くのことを習った。ジャーナリストとしての書き方や取材の仕方、仕事の進め方だけでなく、イベントに参加しているジャーナリストの裏話まで。また、女性陣にも男性同僚にも人気があった彼からは、人との付き合い方、愛嬌も学ばせてもらった。

知的で頭脳明晰、人にやさしい彼であったが、話が中東問題に及ぶと、他の中東系の知人達と同じく、パレスチナ人の悲劇、イスラエルの暴挙を熱をこめて語った。

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ユダヤ人は、ホロコーストをはじめ、長い歴史の中でずっと迫害を受けてきた。悲劇の民だ。それは、間違いない。

しかし、ユダヤ人だけが常に犠牲者であったわけではない。昨日の犠牲者が明日の侵略者にならないという保証もない。

絶対的「悪」や絶対的「被害者」という構図で物事を理解しようとすると、しばしば判断を誤る。

中東では、複雑な歴史の中で悲劇が繰り返され、今も戦争が続く。

「戦場のピアニスト」を観ながら、60年前の悲劇に涙するとともに、現代の悲劇が、まったく逆転して投影されていると感じたのは、私ひとりだけだろうか。



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