tdd diary

2006年05月18日(木) 照れるような光

休日。スタジオパークに茂木健一郎さんが。「プロフェッショナル」の司会をしてる脳科学者の人。脳科学のいろんな話をしてたんだけど、お題が恋愛になった時、恋愛っていうのはどんな趣味を持つ何をしている人でも、好きとか会いたいとかってみんなが同じ感情を持つからとっても面白いんですって言ってて、あーそうかもと思う。

夕方、地元のコミュニティセンターへ。「狂言の世界」というのを観に。野村萬斎さんの「狂言サイボーグ」という本を読んでから1度狂言を観てみたいと思っていたところに、いいタイミングで。それも「狂言の世界」っていって、狂言を初めて観る人や外国公演とかでやるような初心者向けの演目で、演目が始まる前に解説もしてくれるという、至れり尽せりなもの。「手に汗握るスリルとサスペンス、愛と感動、そういうものは一切狂言にはございません。美しい体の動きや言葉から、様々な喜怒哀楽を感じるものなんです。」と。舞も最初に見せてくれて「舞の動きの意味を聞かれても困るんです。意味はありません。でもいろんな動きからいろんなことを感じてもらえます。」1500円で観たのが申し訳ないくらいヘラヘラ笑えてとっても楽しい。萬斎さんのお父さん万作さんが「無布施経」っていう演目でデタラメなお経を唱えたりするだけで、みんながケラケラ笑っちゃう。皮肉っぽいことも言ったり、「おいおい、ここちゃんと聞いとけって。」みたいなこと言ったり、ウソついたりとぼけたりの駆け引きがとても面白い。

休憩してから今度は野村萬斎さんが出てきて「棒縛」という演目。その中で「暁」っていう舞を舞うところがあるのを、この演目は面白おかしく舞うので、みんなまたケラケラ笑う。というのは、さっきの解説の時に正式の暁の舞を見せてもらっていたので、動きの違いをとても分かりやすく教えてもらっていた為で。その正式の暁の舞というのは夜明けを迎えたカップル(男と男)による、別れがたい朝のやりとりというもので、正式の方を観た時、昨日の「ぼくを葬る」の中で病気になったことで主人公から突然別れを告げられた男の子がダブる。現代のフランス映画の中に出てくる2人も、600年続く狂言に出てくる舞の中の2人も、おんなじ。茂木先生の言う通りなのだった。


私の好きな顔の系統(遠藤さんによって名付けられた「濡れ子犬」系)の王道をゆく顔が野村萬斎さん。犬っぽい顔はどうしても弱い。志ん朝も犬顔。


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hatori [mail]