| 2006年04月06日(木) |
all apologies |
休日。スタジオパークに宮崎あおいちゃんが。仕事に欲が出てきて、それを自分はいい事だと思ってるって話、40〜50足持ってるという、大好きな靴の話になったら突然口調が熱くなってた。「純情きらり」はとうとう明日から宮崎あおいちゃんが登場。「ユリイカ」の映像が流れた。
夕方、渋谷へ。タワーでgroup_inouのdvd、アミューズで「君とボクの虹色の世界」の前売り、それから(仮)さんと待ち合わせて、シネマライズで映画「ラストデイズ」観る。カートがどうしたとかそういう映画ではなく、ガス・ヴァン・サントの心象風景という感じの、映画というより映像っていう空気の作品なので、これを観てどうこう思ったり、いいだの悪いだの言える映画じゃなかった。ただ思うのは、どうせ死んだ人に自分の心象風景を重ね合わせるなら、カート・コバーンじゃなくてリバー・フェニックスの方にすればよかったのになあと思ったりもしたけど、そこまで無神経になれるんだったらこの映画自体作ってないかーとかも思う。キム・ゴードンも出たのは一瞬。サーストン・ムーアが担当した音楽も、映像ありきのもので特にいいも悪いもっていう。ハーモニー・コリンがまた随分と太って登場。それもまあ、何だったんだ今のって程度のもの。死ぬ前のその人を知っていた人も、知らなかった人も、誰もがなにも語れない。自殺した人間についてのことは。

「人間には、いわば神話好きとでもいうような機能が、生まれつきにあるらしい。たとえば、なにか常人ばなれのした人間でも現われると、たちまちこの機能は、彼の生涯の中の、あるいは異常な、あるいは神秘的な、出来事をとらえてきて、すばやく伝説をつくり上げ、今度はそのまた伝説に対して、すっかり狂信的な信仰を捧げつくすのだ。それは実生活の平凡さに対する、ロマンスの抗議だともいえる。果てはその伝説のエピソードが、一つ一つ、あたかも主人公の名を不朽に伝える、もっとも確実な旅券のようなものになってしまう。」
サマセット・モーム 『月と六ペンス』
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