WELLA
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2000年08月01日(火) 第一話 長い一日

それは奇妙な旅の始まりだった。
いつも家を出る直前まで旅支度が終わらずにばたばたする私たちが、今回に限って準備万端整えて普段は連絡をしない実家にまで電話まで入れて余裕を持って家を出た。何かあったらよろしくね、と。
いつもの旅行とは違って何かが起きそうな予感がしていた。

さしたる問題もなく飛行機は無事に成田を離陸した。シカゴ行きユナイテッド便である。全日空と共同運航しているので、UAとANAの二つの便名がついている。同じ飛行機、同じサービスでありながら料金は少し違う。機内をざっと見回すと、さすが共同運行だけあって国際色豊かである。東洋人、白人、黒人ととりまぜて満席である。
夏休みなので里帰りの人も多いようだ。私たちが座った三人がけの席の隣りは韓国人らしい。夫に「日本人ですか、同じ国の人かと思いました」などと日本語で話しかけてくる。そういえば二人とも似たような柄のシャツを着ている。やはり日本人には見えないのか。
もっとも彼は席につく前に、後ろの席の若い女性に「日本人ですか、同じ国の人かと思いました。日本語教えてください。どうです?」などと言っていたのであまり信憑性がない。夫に日本語を教えてくれと頼まないあたりが賢明である。

隣りの客人はハングル文字の新聞を読み終わると日本の漫画雑誌を読みふけり、機内の飲みものサービスが始まるとかなり頻繁におかわりを要求している。私たちは米国の航空会社の便に乗っているつもりでいるが、共同運行なので日本人のスチュワーデスもそれなりの人数が乗っている。彼の話すのを聞いていると英語より日本語のほうが得意らしい。
食事のサービスが始まった。例によって彼は積極的に飲みものを注文している。ワインがお好きなようだ。日本人スチュワーデスが食事の選択を聞いてくる。窓際に座る私はよく聞こうと身を起こすと、日本語が通じないと思ったのか英語に切り替えてきた。恥をかかせては悪いと思ってそのままにしておく。何国人と思っているのかその後も彼女はずっと英語で通し、その都度私は何国人かのつもりで「Beaf!」とか「Thank you!」とか叫ぶ。一方夫はといえば英語で問われては、律義に「チキンをお願いします。」とか「コーラをください」と言ってはその都度彼女を恐縮させる。

英語より日本語が得意な韓国人、韓国人から同胞に間違えられる夫、その隣りにいながら日本語を話さないと思われている私。
この三人の組み合わせはかなり珍妙である。スチュワーデスさんも大変な時代である。

いつのまにか眠っていたらしい、あと何時間乗るのだろうか。
夫に聞くとシカゴまであと7時間ぐらいだという。ぐー、まだ4時間しか経っていない。そこからさらに乗り換えてボストンまで3時間かかるのである。
映画はせっかくジュリア・ロバーツの最近作なのに、座席の背がじゃまになってよく見えない。機内で読もうと思っていた本は預けてしまった。機内誌はちっとも面白くない。
隣りで夫は黙々と本を読んでいる。英文に飽きると和文、論文に飽きると単行本というように、途切れることがない。本人は「本を読んでないと眠くなるから」というが、夫を見ていると、時々お蚕さんが桑の葉を食べている様子を見る思いがする。かまわずに寝倒すことにして、ひたすら惰眠をむさぼる。


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