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賑やかに食事が始まった。特に席の指定はしなかったが、それなりに収まっている。この家はオープンキッチンなので、私がサービスのために席を外しても会話に参加できるのがうれしい。 お皿をもって順番にお料理をとりにいってもらう。男性陣は「一応lady firstだ」といっている。「いかにも英国的だな」とクリス(♂)さんが軽口を叩く。 お料理は助太刀があったのでかなり見栄えがする。お約束のちらし寿司のほかもおおむね好評。唯一悔やまれるのはいり鶏。味はともかく、里芋が煮崩れしてまるで里芋のマッシュポテト和えのようになってしまった。日本の里芋とはやはり種類が違うようだ。粘性が弱く全体的にぱさぱさしている。しかも、もも肉が品切れで代わりに胸肉を使ったのでお肉はぱさぱさである。 似て非なる食材を使うと往々にしてこのような椿事が起きる。それでも英語勉強中の日本女性は「こんな食べ物ありましたよねぇ、ひさしぶりですぅ〜」と感激してくれる。 数年前のNHKの朝の連続ドラマ小説「あぐり」のサントラ盤のCDをかける。日本から持ってきたプレイヤーの中にたまたま入れっぱなしになっていたのだが、好きなのだ。作曲家岩代太郎氏の作品の中でも白眉だと思う。ヴァイオリン独奏の矢部達哉氏とともに若い世代のエネルギーを感じる。余談だがドラマでは「置き去りにしてきた夢を」という回があって、いつもその言葉が心に響いている。 簡単にドラマの説明をして「"あぐり"って主人公の名前だけど"ugly(醜い)"みたいでおかしいでしょ。」などと冗談を言ってみる。通じたようだ。 みんな器用にお箸で食べている。心配されたポーラさんの彼も真剣な顔をしてお箸を使っている。「Yummy!Yummy!(おいしい)」と声がする。こういう口語を知る機会も語学学校ではあまりない。 話題はさまざまな方向に飛び火する。基本的に議論好きな人種なので話題に事欠かない。かなり熱弁を振るう場面も見られる。ダブリンに遊びに行ってきた話から北アイルランド問題の話を口にするや、一挙に政治の話に雪崩れ込んでいく。当然日本人勢についていける話題ではないが、自由に話してもらって構わない。はっと気づいて「話題を変えよう」と言い出してみんな大笑いする。 それからクリスマスのパントマイムの話(この話はまたいずれ書きたい)から、日英のお伽話の比較、お伽話における典型的な性役割について。第三者をhe or she といったり、chairmanをchairpersonと呼んだりする現代の過剰な反応をクリス(♂)さんが茶化す。 「そのうちに童話でもstep-mother(継母)なんて言い方は禁止だ。じゃ、なんて言うんだ、step-personか?」 あまりに唐突なナンセンスさに一同吹き出す。 「その通り、ナンセンスなんだ、こんなのは。」クリス(♂)さん真剣である。 英国人たちはこちらのレベルに話をあわせてたまにペースダウンしてくれているのがわかる。ポーラさんが話題をうまく振り当ててくれる。皆がちゃんとそれぞれ話に参加している。 クリス(♀)さんはホームステイの学生を受け入れたいと思っているらしく、現に学生を預かっているポーラさんたちや実際にステイしている日本女性の話を聞いたりしているようだ。それからクリス(♂)さんの宿題の日本語クロスワードの回答をみんなで考えたりする。ポーラさんの彼も楽しんでくれているようだ。時に英国人同士で勝手に盛り上がっている様子を見ているのも楽しい。 談笑する彼らを見ながら不思議な感覚にとらわれる。 私たちがここに来た時は、頼れる人はペニーさんの他にいなかった。 ペニーさんが公私ともに何くれと世話を焼いてくれたおかげで、ここでの生活の基盤ができた。この家に越してきたおかげでポーラさんに出会った。 彼らに励まされ教えられながら少しずつ交友関係を広げてきた。もちろん同胞のよしみで日本人にもお世話になった。 今では街でばったりと知合いに出くわすことも少なくない。それはイギリス人だけでなく、日本人だったり同じように祖国を離れて滞在している外国人だったりする。ほんの数ヶ月前は孤独感にさいなまれ、催しに参加してほとんど口もきけずに帰ってきていたことを考えると夢のようである。 よい友人知人に恵まれたものだ。 夜も更けて会合はようやくお開きになった。口々に楽しかったとお礼をいいながら帰っていく彼らを送り出したあと、急にガランとした部屋で「ああ、しあわせだな」としみじみ思った。
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