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1998年09月26日(土) Conversation Exchange(1)

「Conversation Exchange」という言葉をなんと訳したらいいのだろうか。「会話交換」ではあまりにそのまんまである。
この言葉を初めて知ったのは大学の語学センターのWebページだった。要は母国語を異にする人同士がペアを組んでお互いの母国語で交互に話すいうものだ。ケンブリッジは留学生が多いのでこうしたニーズが満たされやすい。たとえばドイツ語を勉強しているスペイン人とスペイン語を勉強しているドイツ人などの組み合わせである。前半の一時間はドイツ語だけで話し、後半の一時間はスペイン語だけで話したりする。お互いに勉強したいもの同士なのでもちろん報酬は無料、しかもネイティブの話す生の言葉に触れられるというメリットがある。

語学センターの説明によると、「Conversation Exchange」の鉄則は二つある。一つはどちらかの言語で話しているときは、決してそれ以外の言葉を使ってはならない。もし分からない単語がある場合はそれがどういうものであるかをその言語で相手に伝えなければならない。もう一つはそれそれの言葉で話す時間をきっちり半分ずつにすること。もしどちらかが多く話したり、ある時は片方の言語だけで次回はもう片方の言語、というようにすると、相手はなんとなく騙されたような気分になる。というものである。
この鉄則はきびしすぎる気もしたが、こんないいものがあるなら是非やりたい、と思った。

ケンブリッジには英語学校がピンからきりまでそれこそ佃煮にするほどあるのだが、授業料はやはり高い。しかも個別レッスンとなると相当の出費を覚悟しなくてはならない。早速語学センターのConversation Exchange担当者に電子メールを送って申し込んでみることにした。それが6月の初めだったろうか。とにかくケンブリッジに来てかなり早い頃に申し込んだのである。
ところが、返事がこない。全然こない。そうこうしているうちに学期が終わってしまうので、実際に語学センターに様子を見に行った。
語学センターはケンブリッジの学生が外国語を勉強するためのところのようで、英語学習のサポートはあまりしていないようである。センターの事務所自体はすでに休みに入っていたが、壁にはConversation Exchangeを求める紙が所狭しと貼ってある。これはずいぶんとポピュラーな手法のようである。ところが英語とのExchangeを求めているものが意外と少ない。日本人女性の張り紙もあったが、なんだか望みが薄そうである。とりあえず私も手元の紙で日本語と英語のExchangeを求める張り紙をしてきた。
これで誰かが連絡をくれればラッキーである。

日本でも街中で人が集まる場所には張り紙がしてあるものである。こちらでは雑貨店の片隅で郵便業務をしている小さな郵便局が多くあり、個人的な売り買いやお稽古事のお知らせなどはそういう郵便局の窓にぺたぺたと貼ってある。散歩の途中で郵便局の窓をのぞくと、英語のレッスンを希望する日本人の張り紙があった。謝礼は安い代わりに日本語を教える、とある。要は報酬付のConversation Exchangeである。しかしこの張り紙の古さから考えるとどうやら「日本語−英語」の道は険しいようだ。

ところで縁というものはどこに転がっているか分からないものである。
どこからも何の連絡がないままさらに数週間経ち、今の家に引っ越してほどなくの日曜日のことである。道に面した庭で花の苗を植えていると、家の前を通り過ぎる品のいいご婦人と目があった。思わずお互いに「こんにちは」といって会釈する。日本人だった。こういうタイミングは自分でも不思議なのだが、お互いそれと名乗らなくても日本人と分かる場合、無意識にお辞儀をしてしまうものである。お辞儀をし合ってから「日本の方ですか」などと確認しあうことがある。
その女性は我が家と同じ通りに面したほんのご近所さんだそうである。英国人のご主人とともに長らく日本に住んでいたのを、数年前にご主人の引退に伴って戻ってきたのだという。彼女自身も少し前まで日本語を教えていたという。引っ越して間もない私たちのために、ケンブリッジで行われる催し物などについて教えてくれる、と約束してくれた。

翌日彼女から「月に一回行われる日本人会が近いので、そのことをお知らせしようと思って」と電話を頂いた。なんと親切な方だろうか。色々教えていただいたついでに、実はConversation Exchangeの相手を探していると言うと、ちょうど元の教え子に話し相手を紹介してくれないかと頼まれていたのだ、という返事である。うーむ、言ってみるものである。それにしてもなんという幸運なのか。あの日あの時あの場所で庭いじりをしていなかったら、いくらご近所さんとは言え彼女に会うことは叶わなかったかもしれないのだ。
翌日外出から戻ると、映画やギャラリーのパンフレットと共に彼女の手紙がポストに入っていた。6月7月はケンブリッジ内のあちこちのアトリエが無料開放されるので、そのパンフレットである。そして手紙には、早速話し相手候補に連絡を取ってきたのでそのうちに電話が来るかもしれません、と書いてあった。話は急展開である。話というのは進むときは進むものなのだなぁ、と感心しながら、あとはそのポーラというその話し相手候補から連絡を待つだけとなった。

…しかし、連絡がないのである。(後半へ続く)


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