WELLA DiaryINDEX|past|will
家について書くのもそろそろ飽きてきた。 実際、家を見て歩くわれわれもちょっと疲れていた。いくらみても一番気に入った家よりいい物件は見当たらない。もういいよぉ決めようよぉ、という声と、イギリスの家をあちこち見て回るチャンスはめったにないんだからどんどん見ちゃえぇ、という声が心の中でせめぎあっている。 火曜日から家を見始めて今日は金曜日、一応最終日である。午前中に一軒と、もう一軒夫の同僚にあたる人が最近引っ越してもとの家を貸したいといっているので、それも見せてもらうことになっている。 有能な秘書ペニーさんは午前中は抜けられないというので、われわれが徒歩で見に行くことになった。地図を片手に歩いていると、向こうから車でやって来たカップルが何か言っている。何かと思えば、キングスカレッジの場所を教えてくれ、という。この地について一週間足らずのうちに道を聞かれたのはこれで3回目である。 さて、訪ねていった先はこれまた閑静な住宅街の奥にあるテラスハウスで、つきあたりには公園がある。ここは業者が管理しているようで、スーツ姿のこざっぱりとした男性がよどみなく説明してくれる。その時点でなんとなくいやになってくる。私はどうも業者というのは嫌いらしい。業者のほうが保障などはしっかりしいると思うのだが。 見せてもらった家は、小さいながらも部屋数は多く、ダブルベッドの部屋が2つ。二段ベッドの部屋が1つある。台所用品などもばっちり揃っている。現在の住人はオーストラリアから。通りに面して小さい庭があり、反対側の庭からも私道に出られるようになっている。 まあまあ文句無しの物件である。特に不満もなければ魅力もない。15分で終了した。この家を見たがっている人が他に2組いるから、早く結果を知らせてくれ、という。じゃあ断っちゃおうと思いながら、今晩には電話する、と答える。 一番のお気に入りの家は、そこから程近い。帰る道すがら外から眺めて帰ることにする。うん、やっぱりいい。この前はペニーさんの車だったが、歩いても街の中心部まですぐである。これでこの後見る家がよっぽどいい物件でなければ、これで決まりである。 研究所にいって、買ってきたサンドウィッチを食べていると、ペニーさんがやってきた。 昨日の夜、お気に入りの家の家主さんに電話をして、まだ誰にも貸さないように頼んでおいてくれたという。これで安心である。 夫の同僚がやってきて、出かけることになった。「私も一緒に行く」といってペニーさんも身支度をする。この頃になってわかったのだが、ペニーさんは今の家が少し遠いのと子供たちが独立したのとで、引越して今の家を貸すことを考えているという。なるほどね。 車にのって出かける。自転車だと職場から10分だという。駅の向こうでちょっと遠い。 見せてもらった家はよく手入れが行き届いていて、暮らしを楽しんでいたという雰囲気が伝わってくる。庭にはハーブが生い茂り、小さい畑には育ちすぎた作物が残っている。テラスの上にはぶどう棚があり、夏には格好の日陰になるという。ああ、楽しそう。 ガレージは作業場にもなっていて、さまざまな道具類、板や家具の留め金などがある。ああ、楽しそう。 しかし遠いのである。学齢期の子どもでもいたら最高の住まいである。これだけいろいろ設備もきちんとしていて、10万ちょっとという家賃は破格なのだが、いかんせん遠い。 夫の職場の人なので断るには忍びなかったのだが、やはり一番気に入った家にすることにした。 あとで夫が謝ると、「ちっともかまわないよ。それより引越しで車がいるようならいつでもどうぞ。手伝うよ」といってくれたそうである。彼は私たちが初めて研究所に挨拶にいったとき、正確にわれわれの名前を発音しながら話し掛けてきてくれた人である。しかも自分の名前を紹介しながら「一遍にいろいろ紹介されてるから、すぐ忘れるだろう、そしたらまたぼくの名前を教えるよ」といってくれた。 彼は自分の研究も生活もとても楽しんでいる。人間ができている、というか精神的な余裕が窺がえる。 とにかく、これで家が決まった。 そういえば今まで家主のことを云々していながら、この家の家主とは契約のときに初対面なことに気づいた。研究所に出向いてきてくれた家主さんは、ケンブリッジ内に勤める外科医、きちんとした身なりの正統的インテリ英国婦人という印象を受けた。
|