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翌々日の朝所用で研究所に行くと、有能な秘書ペニーさんがメモを片手にやってきた。「ええと、今日は夕方3軒見に行くことになってます。一軒目は6時、次は6時45分、二軒目は7時半の約束よ。」 これらは少し離れているので、ペニーさんの時間が空いている日のアフターファイブに車で連れて行ってもらうのだ。すでに家探しはわれわれの手を離れた感がある。 今日の一軒目は閑静な住宅街の袋小路の奥にある。駐車場所を探してのろのろと進んで行くうちに、車はどん詰まりに入ってしまった。そこらへんの空き地に止める。ずいぶん郊外の感じである。家主の男性が迎えに来た。なんとなく好きになれないタイプ。 現在の住人は幼児のいるイタリア人だという。所用があってたまたま帰国しているらしい。陽光が射し込む明るい家である。日当たりが良すぎて夏場は暑くなるらしい。ペニーさんは例によって「Lovely」を連発している。夫もわりと気に入っているようだ。台所も新しい設備が整っているが、私は今一つ乗り気にならない。些細な理由だが、ドアが引き戸なのだ。ちょっと日本の団地みたいである。せっかくなら西洋的な家に住みたい。 家主さんは家具は倉庫にいろいろあるので、いくらでも取り替えがきくという。この人はいくつか貸し家を持っているらしい。 この頃になると、一口に貸し家といってもさまざまな形態があることがわかってきた。家が余っているから貸す人と、それを商売としている人がいるのだ。 次に行った家はケンブリッジの中心部を挟んで反対側の、やや町外れである。車を降りると鳥がちゅんちゅんとかしましく鳴いている。 郊外にありがちな比較的新しいテラスハウスである。家主さんとは別に近所の人が管理をしていて、現在の住人は中国系の学者夫婦。小さい子どもあり。家の中はおもちゃがごった返し、台所ではお米を炊くにおいがしている。世話をしているおばちゃんはイギリス人というよりは、アメリカのおばちゃんという感じ。静かで環境はいいが、スーパーマーケットなどは遠い、という。あまり魅力的ではない。 その次にいった家は、フラットだという。今日訪ねている先はいずれもペニーさん時がリストアップした家なので、いわれるがままである。 ちなみにフラットというのは、いわゆるアパートである。それに対して2階建あるいはそれ以上のものをハウスという。必ずしも一戸建てである必要はなく、イギリスに良く見られるのは2軒がくっついているsemi-detached house、街中の通り沿いなどのterrace(d) house である。 約束した時刻の随分前についてしまった。フラットの前の駐車場に車を停めて、ペニーさんが給油(ちなみに英国ではgasolineではなくpetrolという)のときに買ったキットカットやスニッカーズなどを食べる。 この国ではこの手のキャラメルとチョコレートのこってりしたスナックが多く、若いコは食事代わりにしたりする。 時間になるのを待ってドアをノックする。中から出てきた中年女性が私たちの顔を見るやいなや、「ほんとうにごめんなさいねぇ」などと言っている。どうやら借り手が決まってしまったらしい。むー。早く言えよ。ペニーさんは「かまわないわ、どうもありがとう」といいながら、帰る道すがら「ここは、全然よくないわ。通りに面していてうるさいし、あなたはフラットよりハウスがよかったのよね」と顔をしかめてみせる。愛すべきお人柄である。 ペニーさんに送ってもらって、シャワーの不具合などを確認してもらいながらお茶を飲む。どの家が一番いいかしら、という話になる。 私たち二人の中では相変わらず、初日の夕方に見た家が不動の地位を築いている。少し贅沢かとも思うが、「たった数ヶ月のことだし、一生に一度だから(once in a lifetime)」というと、「その通り!」という力強い言葉が返ってきた。今夜にもその家の家主さんに電話して、まだ誰にも貸さないように頼んでくれる、という。ありがたや。 さて、明日も家探しである。
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