いつもの日記

2001年08月06日(月) リンゴの味

時が経つのはやはり速い。もう7月が終わり、8月に入っている。

つい先日大学に入学したところだと思っていたが、もう院の卒業の年である。
ちょっと前に高校に受かったと思っていたが、もうすでに高校生に教える立場になっている。
ほんの少し前に、赤ちゃんベッドに入ってガラガラで遊んで、または遊ばれていたのに、
今は街中で赤ちゃんを見ると「かわいいなぁ」と全く逆の立場で考えてる。

それは大方言い過ぎだろうけど、それぐらい速いってことだ。
この流れから推測すると、この先も同様に速く時間が過ぎていくのは察しがつく。
俺は年老い、そして死んでいくのだろうか。

いや、「死んでいくのだろうか」ではなくて、「死んでいく」のだ。
ガンで死ぬかもしれない。事故で死ぬかも知れない。

もしかすると、モビルスーツ戦でやられそうになり、
「お前もみちずれだぁー」
なんて叫びながら、敵艦(ジュピトリス)に突っ込んで死ぬかもしれない。

それとも、キュベレイにマーク�兇�やられそうになっているところに、
お決まりのように助けに割って入り、自分が身代わりなってビームサーベルを受けてしまい、
「自分の乗ってた戦艦が、ラーディッシュかデニッシュかラディッツか忘れたが、
とりあえずを頼んだぞ!」
とかいう最後のセリフを言って爆発して死ぬかもしれない。

はたまたあるいは、アーガマが被弾したのでコツコツ消火活動をしてたら、
第2波の攻撃がやってきて、名前も無いキャラであるのに
「なにぃ?まただとぉー」
とか叫びながら、吹っ飛ばされて死ぬかもしれない。

どういう過程で俺が死んでいくのかは誰も解らないけど、結局死ぬっていうことだ。

キムタクもケビンコスナーも死ぬだろう。友達も死ぬだろう。父も母も兄弟も死ぬだろう。
みんな死ぬんだ。

死ぬっていうことを単に口に出すより、じっくり考えて文にしていくと、
とても客観的に感じられ、実感が想像できやすい。だからかなり恐ろしい。

彼らがこの世界から居なくなるってことは、本当に許せない事なんだけど、
ねじまげた理論でもいいから無理にでも自分に納得させねば、絶対先に進めないだろうな。

彼らが死んだ時、この不条理を俺は自分に絶対納得させることができないだろう。

死を経験していない人達にとっては、
死を納得することなど死というリンゴの皮1枚の味も理解した事にならないだろう。

そのリンゴを食べるまでは、味は誰にも解らないのだ。


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