時が経つのはやはり速い。もう7月が終わり、8月に入っている。
つい先日大学に入学したところだと思っていたが、もう院の卒業の年である。 ちょっと前に高校に受かったと思っていたが、もうすでに高校生に教える立場になっている。 ほんの少し前に、赤ちゃんベッドに入ってガラガラで遊んで、または遊ばれていたのに、 今は街中で赤ちゃんを見ると「かわいいなぁ」と全く逆の立場で考えてる。
それは大方言い過ぎだろうけど、それぐらい速いってことだ。 この流れから推測すると、この先も同様に速く時間が過ぎていくのは察しがつく。 俺は年老い、そして死んでいくのだろうか。
いや、「死んでいくのだろうか」ではなくて、「死んでいく」のだ。 ガンで死ぬかもしれない。事故で死ぬかも知れない。
もしかすると、モビルスーツ戦でやられそうになり、 「お前もみちずれだぁー」 なんて叫びながら、敵艦(ジュピトリス)に突っ込んで死ぬかもしれない。
それとも、キュベレイにマーク�兇�やられそうになっているところに、 お決まりのように助けに割って入り、自分が身代わりなってビームサーベルを受けてしまい、 「自分の乗ってた戦艦が、ラーディッシュかデニッシュかラディッツか忘れたが、 とりあえずを頼んだぞ!」 とかいう最後のセリフを言って爆発して死ぬかもしれない。
はたまたあるいは、アーガマが被弾したのでコツコツ消火活動をしてたら、 第2波の攻撃がやってきて、名前も無いキャラであるのに 「なにぃ?まただとぉー」 とか叫びながら、吹っ飛ばされて死ぬかもしれない。
どういう過程で俺が死んでいくのかは誰も解らないけど、結局死ぬっていうことだ。
キムタクもケビンコスナーも死ぬだろう。友達も死ぬだろう。父も母も兄弟も死ぬだろう。 みんな死ぬんだ。
死ぬっていうことを単に口に出すより、じっくり考えて文にしていくと、 とても客観的に感じられ、実感が想像できやすい。だからかなり恐ろしい。
彼らがこの世界から居なくなるってことは、本当に許せない事なんだけど、 ねじまげた理論でもいいから無理にでも自分に納得させねば、絶対先に進めないだろうな。
彼らが死んだ時、この不条理を俺は自分に絶対納得させることができないだろう。
死を経験していない人達にとっては、 死を納得することなど死というリンゴの皮1枚の味も理解した事にならないだろう。
そのリンゴを食べるまでは、味は誰にも解らないのだ。
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