SprengerDiary

2004年03月09日(火) 今日は長いぞ

▼月曜の夕方、合同会議に出席。思ったとおりの展開に。百戦錬磨のつわものを相手にする場合、黙っているというのも策の一つ。情報を得るために話すことは合っても、自分からペラペラ情報を渡す必要は無いし。
▼戻り、ちょっとした作業の後に爆睡。気が付けば午前2時。書いてて思うのが、これ以降は火曜日の日記じゃないかしら、ということ。日付とか、まったく意味をなさない日記だったり。おうりゃ、っと午前中に仕事を終わらす。仕事自体が2回に分かれたので、その間は信長三昧。レベル上げって、なんでこうも単調なんだろう。
▼amazonで物色していると「蘇るPC-9801伝説 永久保存版」月間アスキー別冊が目に入る。懐かしい。思えば一番長くお世話になった機体がPC−9801VM21。中学校1年生から高校卒業までの6年間。途中X68000PROに浮気をしたりもしたけれど、それでも98がメインだった。X68、難しいし。収録されているBio_100%のソフトに懐かしさも膨らむ。蟹味噌とかdepthとか、アホのようにやり続けていた記憶も。
▼あまりにも懐かしいので、会社のみんなに教える。当時のパソコン事情、約1名を除いて誰も知らない模様。じゃあなにやってたのさ、の話にファミコンの話題へと移行。ファミコンと言えば「燃えろ!プロ野球」を真っ先に思い出す。んで、燃えプロと言えばバントホームラン。そして悶えろ!!モエプロゲッターズ。ふつふつと湧き出る記憶の数々に、現存するものを見出そうとEMUSICAに行ったり、MAGやらISHやらLHAやら、果てはKAJAさんの行方を追ったり。懐かしい。んで、懐かしさも芋づる式に過去へ過去へ。
▼パソコンとの出会いは小学校1年生。父親がおっきなダンボールを抱えて帰ってきた。大中小3つの箱。そこにはPC−6001の文字が。よくよく見ると「家族みんなでパピコン」とか書いてあったけど、知らん、パソコンでいい。当時はフロッピィディスクでは無くて、カセットテープ。フロッピィディスクも存在はしてたけど。ローディングの際にレコーダーから聞こえる「ピー、ガーピピィー」の音は新鮮。FAXの音とほぼ一緒。付属されていたN88BASICを眺めたり、つまんないゲームやったり。子供ながらに目の前のパソコンをなんとか活用できないかと考える。ちなみに父親は早々に挫折。この頃に小説に出会っていたので、図書館はよく利用していた。小説のコーナーから実用書のコーナーへ。そこで目にとまった「マイコンBASIC」(電波新聞社)。ゲームだ、ゲームだと借りて帰ってきたものの、そのままでは遊べない。姉から暴利な値段で生テープ買い、プログラムの打ち込み開始。最初は100桁ほどのものから始め、1000桁のものに。試行錯誤と失敗の繰り返しの末に、ゲームが動いた時は感動的だった。死に物狂いで打ち込んだゲームが面白くない時もまた、別の意味で感動的だった。
▼PC−6001の栄華は余りにも短く、もしかしたら栄華なんて無かったような気もする。やっとの思いで手に入れたソフトはPC−6001Mk2用だったり。MSXなんてぱそこんじゃねぇやぁ、とかいいつつもソフトの充実ぶりに嫉妬したり。はや二年が経過し、マイコンBASICから6001用の記事が消え始めた頃、初めてファミコンと出会う。量販店で1人並び、お年玉で買った。買ったはいいけどソフト買う金は無し。友達になんでもいいから貸してと泣きつく。テニスとかベースボールとか。翌年、やっとの思いでスーパーマリオ購入。第1次ゲーム廃人時代。しかしそこは養われの身。即効でダメだしをいただく。算数・国語・理科・社会。5段階で平均が4を切ったらファミコン没収の宣告。せめて体育も入れてと懇願したが、即却下。転落というのは早いもので、次期の通知表に親は阿鼻叫喚。待たれよ母上、平均すれば4以上。平にご容赦を。しかし、アヒルさんを目にした母上にそんな言葉は届くはずもなく、ファミコンは家の奥深く隠されることに。まあ、2日も経たずに探し出し、隠れてやっていたわけだけど。それも数日中にはばれて、ファミコンは強制的に里親の元へ。さよならマリオ、ピーチ、そしてクッパ。8−4まで行きたかったよ・・・・・・。
▼中学に入ってすぐに、父親が再びダンボールを手に帰宅。PC−9801VM21の登場である。曰く「これからの時代はパソコンだ」とのこと。とてもPC−6001の存在を忘れた人の言葉とは思えない。でも、それは僕にとって好都合。案の定、半年もせずにパソコンのことなんて忘れ、早々にマイゲームマシーンにはや代わり。第2次廃人時代の幕開け。近所にパソコンショップがオープンしたこともあって、そこで「ロマンシア」を購入。不便だったのはファミコンのようにソフトの貸し借りが出来なかったこと。周りにパソコンを持っている友人はいたものの、みんなPC−8801だったりFM77AVとかだった。小説を単に読み物としてでは無く、自分で書くものと考えるようになったのもこの頃。苦楽を共にしたのは一太郎ver3。花子はどうでもいい。まぁお話好きだったのでゲームの傾向もRPGとかアクションではなくADVに移行。お世話になったのはリバーヒルソフトマイクロキャビン。リバーヒルソフトは硬派なJ・B・ハロルドシリーズで。マイクロキャビンはめぞん一刻やうる星やつら、セイレーンといったらいとでポップなシリーズ。マイクロキャビンとの別離はXakが出た時。「そういう事はファルコムにやらせておけばいいんじゃ」と思ったものだ。ってか、学校の近所が高橋留美子さんの家だったから、なんとなく買ったのがきっかけだけど。そういや、らんまに出てくる制服、うちの制服だったな。
▼平行して小説の好みも変わる。太宰に三島に坂口安吾、罪と罰やら暗夜行路。とりあえず名の売れたものに片っ端から飛びつく。生意気な中学生もはたと気づくわけです。楽なの読もうってなわけで、栗本薫にアガサ・クリスティ、ハインラインに吉川英治。とにかく何でも読んだ気がする。
▼流れを戻してパソコンに。中学を卒業する頃には1年上の先輩に「パソコン通信やろうぜ」と言われ、パソコン通信に手を出す。モデムにしようか音響カプラーにしようか、真剣に悩む。映画「ウォー・ゲーム」で主人公がカプラー使ってるのに憧れてたので、とりあえず金もって秋葉原へ。ああ、店に行ったさ、それをなんだい「いまどきカプラーなんて使いませんよ(ぷっ」って。いや、確かにあそこでカプラー買ってたら中々悲惨な人生歩んでたと思うけど、お客に「ぷっ」ってなにさ。時は1990年代初期。おりしもバブル絶頂の時代。秋葉原もバブルの真っ只中で、店員も店もサービスなんてあってないようなもんだった。黙ってても売れるもん。そのしっぺ返し、いま来てると思うよ。という苦い事を思い出しつつ、モデム購入。あわせて「まいとーく」も購入。今じゃFAX用ソフトだけど、昔はパソコン通信用のソフト。さて、念願かなってパソコン通信開始―――したのは高校入ってから。いざ先輩に連絡取ろうと思い立つが、あまり親しい間柄でもなかったので電話番号すら知らない。ダメだこりゃ。ってなわけで、自分で好みの草の根BBS探しの旅に出る。電話代を考えれば東京BBSが一番いいのだけれど、無料回線1つだし、Q2回線しようしたら親に張り倒されるし。で、足を伸ばして埼玉の草の根BBSに。
▼埼玉のとある草の根BBSを根城とし、小説のSIGOPになったり。1年程すると有料化の波が訪れる。お金ないので活動の拠点を移す。同じ埼玉の草の根BBS。3つの草の根BBSが仲良く寄り添っていたので、3つ全てに加入。第1期パソ通廃人時代の幕開け。すでにその頃になると「電話代がなぜか高い」「おまえは夜な夜ななにをしてる」と注意され、挙句にはパソ通禁止令。夜、親が寝静まったのを確認すると、自分の部屋のドアを静かに開け、暗闇の中をほふく前進開始。息を殺し、暗闇に目が慣れるのを待って、電話のモジュラージャックを引き抜き、もと来た道を戻る。ドアを閉め、一息つく間もなくジャックをパソコン背面のモデムに差し込む。WTERMを起動し、廃人どもの宴に参加。小学校の頃と何も変わらない。同じようにバレる。そこはそれ、すでに高校生なのでバイト代からいくばくかの電話代を支払い、黙認を得る。
▼高校生活もある意味満喫。登校はいつも大名登校。夜な夜な明け方近くまでパソコン通信をしてるのだから、毎朝きちんと登校するなどとうに諦めている。駅前のミスドで朝食代わりのセットを食べながら、優雅に読書。昼休み近くになってから店を出て、学校へ向かう。4時限目が終わっていない場合は生徒会室に直行。役員権限でカギを開け、なぜか置いてあるファミコン開始。この時、燃えプロとの出会い。バントホームランは一生忘れません。成績はそりゃあ、落ちました。というかすでに失墜状態。まともなのは体育の成績ぐらい。主要教科唯一の砦である国語は、出席日数が足りなくなるという始末。よく卒業できたもんだ。
▼もうこの頃まで来ると、大して昔というイメージが無い。当時のパソ通友達とは今も付き合いがあるし、同じ会社の山ちゃんにモンゴル男もパソ通からの付き合い。今でも年末には当時のみんなで集まって忘年会。人と人との出会いの場がネット上に移行したというけれど、僕から見ればそんなもんは10年以上前からあったわけで。おまけに今の仕事をするようになったのも、東京BBSで兄さんに会ったのがきっかけだし。
▼ここまでを思い出し、自分の今の立ち位置にパソコン通信がおもいっきり関係しているのだなぁとつくづく思う。社長交代しても、した相手が兄さんだったりするし。感慨深いのか、因縁深いのか。とりあえず、今度は別のラインから昔を思い出してみよっと。
▼「ライオンハート」恩田陸/新潮文庫
もしかしたら今回、昔話を書いてしまった理由はこれかも。時間を超えたラブストーリーと言っていいのか分からないけど、多分それ。どこを面白いと思うのかは人それぞれで、個人的にはラブストーリーや時間という部分ではあまりピンとこなかった。唯一無二の作品とも思えない。それでもこの作品が秀作の部類に入ると思うのは、恩田陸の計算された構成と読者の導き方。いくつかに分けられた時代とシーン。始めの1つを読み終える時点である程度の仕掛けに気づく。気づかされる。で、同じ仕掛けをもう一度仕掛けてくるのだが、読者が気づいたことを想定して、別の角度からその仕掛けを利用する。1回、2回、3回と仕掛け自体は固定しているものの、読者が知恵を付けた事を上手く利用して物語の見せ方を変えていく。読んでる側からすれば「今度はそう来たか!!」と思わずにいられない。繰り返される出会いを色々な楽しみ方で描く。読者を置き去りにした色々を描くのならいくらでもできるのだろうけど、今その時その場所を読んでいる読者が何を考え、何を読み取っているのかを計算した上で、それを効率的に利用している。ニクイよ。得てして妙な哲学や思想が入り込んでくる内容なのだけれど、読み物の面白さを崩さないようにぼかすところはぼかしている。ぼかしがもどかしいと感じるときはあるのだけれど、読み終わってみればこれが一番じゃないかと思ってしまう。何から何まで読者を知り尽くしている。お見事。巻末の解説は梶尾真治氏。サービス精神旺盛な解説なのだけれど、本作を読み終えた読後感にそのテンションが来るのは、ちょっと、その、体力持たないよw


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