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2004年02月22日(日)
  ホクトベガ

 競馬の話をしよう。
 今日は芝コースではなくダートコースのG1・フェブラリーS。このレースが最高の格付けであるG1になったのは97年のことで、その前年、G2として最後のフェブラリーSを勝ったのが、私が愛して止まないホクトベガ号だった。
 この年のフェブラリーSは雪の中で開催され、ホクトベガはこのレースを中央競馬でのラストランとし、次の川崎記念(川崎競馬)で日本ラストラン、そして引退レースにアラブ首長国連邦で行われるドバイワールドカップを選び、レース中の事故で二度と日本には帰ってこなかった。
 フェブラリーSには彼女―ホクトベガの思い出がついて回る。私にとって、このレースは特別なものなのだ。
 ホクトベガは「砂の女王」と呼ばれ、いくつものダートレースを勝った。でも彼女は芝でもG1馬である。当時の牝馬三冠の一画・エリザベス女王杯を制した彼女は、どうしてもある牝馬の影に隠れていた。
 その牝馬の名前は「ベガ」。奇しくも同じ星の名を持つ彼女は、春の牝馬クラシックを連勝し、三冠を賭けてエリザベス女王杯に出走した。しかし勝ったのは「ホクトベガ」。いずれにせよ、2頭は当時、良きライバルだったと思う。
 そして今年のフェブラリーS1番人気に推されたのは「ベガ」の仔・アドマイヤドン号だった。ベガにはダート馬というイメージは全くない。寧ろ、足が少し曲がっていたというから、砂は適していなかったんじゃないかと思う。それは初仔(ドンの兄)・アドマイヤベガも同じで、ドンだって最初は芝を走っていた。芝で走るんだと思っていた。
 ホクトベガと共に走ったあの「ベガ」の仔が、フェブラリーSを走る。
 そして、勝った。
 次に目指すはドバイワールドカップ。彼女が眠る地に、彼女のライバルだった馬の仔が赴く。
 ベガの仔なら、と思ってしまうのは、私だけではないんじゃないだろうか。母と共に走った馬の夢を、あなたは叶えてくれるよね? 無事にゴール板を駆け抜け、無事に帰ってきて。そして出来れば、彼女が手に入れられなかった栄冠を手に。

 フェブラリーSが特別なものであるように、ドバイワールドカップも特別なレース。いつか必ず見に行きたいレースなのです。今年は今のところ、5頭の日本馬が招待を受諾しています。


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・過去の「今日」。


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