無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2002年01月17日(木) 部屋の中を歩けるようになったよん(それが普通だってば)/アニメ『七人のナナ』第2話/『クレヨンしんちゃん』31巻(臼井儀人)ほか

 体調、そろそろギリギリの状態に。
 なんたって、血便が止まらないのだもの。
 ウチの便器は、既に洗っても洗っても、ほんのりピンクになってるぞ。

 しかし仕事は休めない。
 なんとか今日も息つきながら一日過ごして、しげの携帯に連絡を入れたら、またもやつながらなかった。
 しげも疲れてくたばっていたのだ。

 帰宅してなんとか『七人のナナ』の第2話「大混乱!7人そろって学校へ?」を見る。
 『おねがい!ティーチャー』も仕掛けておいたのだが、テレビタローの番組表が間違ってて、時間がずれていた。よくあることだし、たいして入れこんでなかったんでショックは少なかったが。
 『ナナ』は今回からオープニングがつく。
 ……戦隊もの?(・・;)
 うーむ、さすがは『味っ子』『Gガン』の今川泰弘。ただのSFラブコメにする気はないらしい。
 よく見ると画面の中にいろんな少女マンガ雑誌が。
 『りばん』とか『花ゆとめ』とか(^^)。
 『紅茶王女』や『フルーツビスケット』なんてのもあったぞ。まあこういうギャグ、嫌いじゃないけど、あまり楽屋オチ的なギャグには走らないでほしいな。。
 本編の作画も1話目ほど爆走はしていないが安定している。
 けれど、1年後には七人のナナが全て消えてしまう、それまでに一人のナナに戻らなければ、という設定はちょっといただけない。それって、科学者であるジイちゃんが方法を見つければいいだけの話で、ナナが努力してどうなるってものでもないんだから。
 もう少し設定がストーリーに絡んでくれれば、切実感も出るんだけどね。


 昨日の『ヒカルの碁』第十四局『三度目の対局』。
 録画していたのを見返す。
 前回ヘタレていた作画、なんとか持ち直している。
 監修の梅沢由香里さんはご結婚が決まったそうな。
 そう思ってみると「GOGO囲碁」も感慨深いか(何がや)。
 エンディングが観月ありさに変わったけど、サイクルが早くないか。半年も経ってないのに。


 疲れ果てているので、日記もつけずに泥のように寝る。
 ただひたすら寝る。……ああ、書くことが少なくてラクだ。


 夜、溜まりに溜まっていたゴミをやっと捨てる。
 ゴミ捨て場のゴミの半分以上がうちから出たもんだ。こりゃいくらなんでもヒドイな。
 まだもう少しまとめてないゴミが残っているが、しげは明日捨てると言っている。もちろん、明日になればしげは忘れているに決まっているので、聞き流す。
 そのうちしげのケツひっぱたいて片付けさせなきゃならなくなるのだ。


 ネットやあちこちのホームページで劇場版『とっとこハム太郎』の「毒電波ぶり」が話題になっている。
 オトナは全然面白くないのに、子供が食い入るように見ているのがフシギってんだが、ちょっとそれも過剰反応じゃねーかとは思うけどなあ。
 だってそんなの、かつてのゴジラ映画や東映動画に熱中していた我々と同じじゃないか。
 特に今回の映画、話の外形は昔から「ケンちゃんシリーズ」なんかでよく描かれてた「子供の家出」ものに過ぎない。
 子供なら、一度は考えたことがあるだろう、「自分はこの親の本当の子供ではないのではないか?」という思い、「自分はいつかこの親に捨てられる、あるいは殺されるのではないか」という思い、それに押しつぶされそうになって、子供は家を出る。
 たいていのドラマでは、最後に親と子が邂逅し、和解するというハッピーエンドを迎える。……いったい、この手のドラマ、何10本見せられて来たかねえ? ルーツを遡れば、『オズの魔法使』あたりまで行きつくんじゃないか。
 子供はだから、ロコちゃんとハム太郎との関係に親と自分を重ね合わせているのである。ハムハムランドは楽しいけれど、ロコちゃんのいない世界なんだもの。その「喪失感」があの映画全体に横溢しているのだ。それが子供たちの不安感を煽り、画面に集中させる結果になったのではないか。
 と、ここまで考えてて、ふと気づいた。
 ハム太郎は所詮ペットだ。ハムハムランドから帰ってきて、ロコちゃんに再び会えたからといって、最初に感じていた、ロコちゃんとの距離、人間と動物との差が本当に埋められたわけではない。だとすれば、これまでの「家出もの」とは、その点で全く一線を画するものがあるのではないか。
 だって所詮あれって見せかけのハッピーエンドでしかないもの。ハム太郎がロコちゃんの恋人になれる日なんて永遠に来ないんだから。ロコちゃんも、ハム太郎も、その現実から目を背け、とりあえずは居心地のいい、もう一つの虚構に逃げただけの結末なのだ、アレは。
 劇場の子供たちは、ひょっとしたらそこまで感じ取ってるんじゃないか。自分が「人間」として扱われているのではなく、親の「ペット」に過ぎないってことを。そしていつかは「捨てられる」ってことを。……そりゃ、食い入るように見はするわな。
 ……そう言えば、劇場で見たときも子供たち、ハム太郎のあとも全然元気がなかったなあ。彼らの未熟な表現能力では、自分たちが何に不安を抱いているか気がつかなかったかもしれないけれど、その不安は恐らく外れてはいない。
 君たちはいつか捨てられるのだよ、あるいは実はもう、生まれた時から捨てられてるかもしれないのだよ。早いとこ、それを自覚した方が自立の道も開けるんだけれど、小学生くらいじゃ、まだまだそれは難しいかもねえ。


 マンガ、臼井儀人『クレヨンしんちゃん』31巻(双葉社・560円)。
 『クレヨンしんちゃん 寒いけど、オラのハートはあっついゾ!号』(双葉社・380円)。
 アニメの方は時々しか見てないんだけど、モロダシ共和国のオマタさんは出て来てないよなあ。
 例の堺市のなんたら家族が「黒人を出すな」とか言って騒いだ悪影響がこんなとこにも出てるよな。アニメと原作のどっちが好きかって言われたらアニメの方、と答えるしかないんだけど、原作にしかないギャグもあるから、やっぱりついつい買っちゃうのである。
 私は『しんちゃん』については遅れてきたファン(映画版『アクション仮面VSハイグレ魔王』以降)なので、細かい設定は知らないことも多い。アニメと原作の違いもところどころしか解らない。
 『クレヨンしんちゃん百科』みたいな本が出ないかなとも思うんだが、子供向けだと中味がチャチなものにしかならないし、かと言ってオタク向けだとデータが細かすぎて売れない。
 やっぱり世間でのオタクの占める割合が増えてってくれないと、モノの供給自体、されなくなっちゃうのである。

2001年01月17日(水) 雪が溶けて川になって流れていきます/『これから』(夏目房之介)ほか



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