あふりかくじらノート
あふりかくじら



 深夜のラジオ的アフリカ物書き。

ウェブ上で「あふりかくじら」と検索するとけっこうヒットするのは、メルマガにブログにと色々ちょこまかとやっているからであるのだが、その自分のプロフィールを書くといのが面倒くさいので、よく「深夜のラジオ的アフリカ物書き」という、ちょっとわかったようなわからないような書き方をしている。

(これを誤解して「物書き研究者」と書いてくれたひともいた。ううん、それじゃあ、意味が違うんだけど・・・とくに訂正はしないが)

【あふりかくじら★カフェ】というメルマガも、深夜のラジオみたいにふっと届いてくれればいい、という宣伝文句をつけている。

わたしは部屋にいるときずっとラジオをつけているほうで、特に深夜に静かに流れる番組などが好きなのだ。ふっと予想もしなかった曲がながれて、胸が締め付けられたり懐かしい気持ちになったりとか、そういうのが好きなのである。

今日、縁あって「ラジオ深夜便」の6月末に放送されたものがまるまる手に入った。なので、例によってひとりオフィスなのをいいことに、仕事中に3時間と少しの番組すべてをパソコンで聴いた。(席を外したときは一時停止にして)

意外なのだけれど、こころのなかで絡まりあっていた糸のようなものが少しだけほぐれ、わたしは穏やかな表情をつくることができた。そして何より、行き詰っていた仕事が一気に片付いたのである。
さすが、ラジオパワー。
こういうこと、自分が好きだったのを思い出した。


ちょっと前に、誰かが言っていたことと重なるが、こんなことを最近考える。


村上春樹の『ノルウェイの森』で、永沢さんが「自分に同情するな」と言っていた。
自己憐憫とか、同情とか、そういうものは何の役にも立たない。自分がかわいそう、だとは決して思いたくない。かといって、自分の今の精神状態を「平気平気」と無視するわけにはいかない。それでは何の解決にもならない。自分のこころのなかでは、色んな複雑なものが絡まりあっているのは事実であり、要するにそこから逃げて目をそらしてはいけないのだ。


この状態を治すために、何かをしなければならない(たとえば、旅に出るとか)、という考え方は違っていると思う。
旅に出て静養したからといって、何がなおるわけでもない。単純な方程式ではないのだ。

わたしはこれを受け止め、解きほぐしていく。
時間をかけて。


そうすべきなのだと思う。

2007年07月10日(火)
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