あふりかくじらノート
あふりかくじら



 ルプララの風。

金曜日から日曜日まで、モザンビークとの国境に近いニャンガというところに。

ルプララという名の大きな岩山のふもとで開かれた、ベリーダンスとヨガを組み入れた二泊三日の「リトリート」に参加をした。






このルプララの美しさを、わたしは忘れないと思う。


表立って言うのはあまり好ましくないのかもしれないけれど書く。ここ二年ほどのわたしの精神状態はぼろぼろで、先週あたりはまたひどかった。多くの人と関係を損ない、他人を傷つけなじり、自分が救いようもなく傷ついた。


早朝、登ったルプララのてっぺんで、360度のうつくしいジンバブエの大地を眺めながら、朝の光を浴びてヨガの呼吸法を習う。
ルプララの風を肌に感じ、太陽の光を感じ、わたしはわたしだけになった。
息を吸う。息を吐く。
わたしと空と大地。
筋肉から、身体のなかにたまっていた何かが解放される。


夜には、満点の星空の下でベリーダンスを。
ほんとうに、このダンスは宗教的でとてもスピリチュアルで、ヒーリング・ダンスである。

そして知らないひとと出会い、語り合う。
このとくべつなルプララという土地で、何かを共有しあう。


この三日間の体験をどう表現したら良いのだろうとずっと考えていた。
わたしの荒れた心の中に何かひんやりときれいな水のようなものが入ってきて、それが血液をきれいにしている感覚。

精神と肉体がきれいになるような感覚。

これでわたしの精神状態が健康になったわけではなく、問題は解決したわけではない。


今日も、彼に電話をして、そして良くないことを言って電話を切って泣いてしまった。無理な要求をしている。わたしの問題は根深い。


だけど、気がついた。
わたしのどろどろとした苦しい感覚は、どこかへいってしまっている。
あれだけ重苦しくわたしをかき乱していたもの。

今日のわたしの涙は、どうしようもなく傷ついてぼろぼろになっている自分のそれではなく、むしろどこか遠くからやってくるようなひんやりとした哀しさであり淋しさであった。
心の奥のほうは、どろどろではなく、むしろ澄んでいた。





ずっとこのような感覚でいられるわけではないかもしれない。
でも、少なくともこの三日間の体験は、わたしの人生のなかで忘れられない貴重なものとなった。
何かが、確実に決定的に変わっている。

わたしのなかに、あのルプララのてっぺんの風が宿っている。
目を閉じれば、心の底に感じられる。


いつも心にルプララを持っていたい。
ほんとうに、これをわたしの宝として大切に持ちながら生きていきたい。

そういうふうに、思っている。



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ブログにも少々記載。ブログ『あふりかくじらの自由時間』

2007年05月21日(月)
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