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■ 向き合い、逃げない。
自分の仕事とは直接関係のない、利害関係もない、それでいて人生の先輩であり信用のおけるひと。いわゆる助言者であるようなひとをメンター(Mentor)ともいう。
いままでの人生でわたしは、何となくそういう「メンター」の存在を無意識に捜し求め、実際そのようなひとに「助言」をもらってきたと思う。 たとえば、会社のときの上司など。会社の仕事自体は、わたしのアフリカ研究や国際協力などのキャリアにまったく直接的な関係はなかったのだが、ときにまったく違う分野のひとが適切なアドバイスをくれたりすることを、わたしは知らず知らずのうちにわかっていたように思う。
今日、ある日本の方とコーヒーを飲みながら話をした。一回りと少し年嵩のひとで、話していたのは美味しいお酒の呑み方とか、日本酒のこととか、気取らないショットバーのこと、小料理屋と居酒屋の違い、行きつけの店で出会う職業も年齢も違うひとたちとの会話のこと云々からはじまり、「人間関係」や何かのことまで。
一種のカウンセリングのようだ。 でもわたしは、自分の心が参ってしまっていることと向き合おうと思っている。これはとっても時間のかかることなのだ。 そして、このようなひとつひとつの生きる愉しみのことなどを語っていくことにより、どこか落ち着かなくさまよっていた自分の魂みたいなものが、少しずつ安定した場所に下りてくるのを感じる。 心のほつれみたいなものを、ひとつずつ埋めていくような。
怒り、焦り、哀しみ。 心をくたびれさせるようなことから、できることなら逃げないでいたいと思う。そして、それらのわきあがってくる感情を、わたしは否定しないでおきたいと思う。
Tグループというものがあるそうだ。 南山大学では、このようなTグループのコースが設けられているらしい。心理学の勉強はしたことがないが、これはわたしの興味を引いた。 グループで何日間か対話を続ける。自己分析、他者理解。人間関係の構築。 おそらく、日常生活から切り離されることにより、仕事も肩書きもない底での世界は、むき出しの生身のままの「人間関係」なのだろう。
わたしにも、多くの欠点がある。それらと向き合うのって、きっと怖いことでもある。でも、それが抵抗なくできる瞬間って、あるはずではないかと思う。いまのわたしには、ごちゃごちゃした引き出しを全部ひっくり返して出して、必要なものをひとつずつきちんと整理して入れていくような作業が大切なのかもしれない。
壊れてしまったたくさんの人間関係のことを、すこしだけ客観的に見ている。むりにほつれのある自分でがんばるのではなく、ほつれを見つけ、繕っていくくらいの気概というか、落ち着きが必要なのかもしれない。逃げないで。ごまかさないで。
話に夢中になり、少し遅れてベリーダンスのクラスへ。 きれいに身体を伸ばし、世界に入り込む。 ほんとうにこのダンスは、「癒し」だと思う。 精神から何かが解き放たれ、血がきれいになったように、見も心も軽くなるのだ。そして、このテンションを壊さないまま、落ち着いた音楽を聴きながら家に帰りたくなる。
癒しは、まずふと立ち止まって自分自身の心の流れと向き合うことからはじまる。ベリーダンスもそうだ。
2007年05月10日(木)
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