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■ 夕方に落ちていくもの。
ピアノを弾くということを忘れていた。
このところしばらく触っていなくて、もともと古いレンタルのBELLというピアノの蓋をそっと開けると、微かにかびのにおいがした。 調律はできていないけれど、わたしはこのピアノが好きだ。ハラレにレンタルをしてくれるところがあって良かったと思いながら、ピアノを弾くしかない精神状態のわたしは指を鍵盤にすべらせる。
古き良きローデシアの音なのだろうか。
逃げ場所のない、夕方の精神状態が自分のピアノの旋律のなかに放出され、わたしは遠くへ行く。音の世界。 これはわたしの精神から出てきた、わたしの波長なのである。だから、増幅され無限に高まっていく。 文字通り、肩で、頭で、激しく丸く、わたしは夢中でピアノを弾く。何にもとらわれない、自由な音で、ショパンとドビュッシーと黒人霊歌を。
夕方というのはとてもトリッキーな時間だと思う。 つまり、4時ごろとか5時ごろとか。 仕事をしているときとか、何かの予定をいれ、夢中になっているときは良いのだけれど、いちばん孤独を感じるのって、この時間帯だ。 とくに、今日のように入れていた予定が何となくキャンセルされてしまい、出かける気力もなくしてしまい、頭がぼんやりとして仕事の疲れがもろにのこっているときなど。 そして、泥のようにくたびれているのに、ベッドでも眠りが訪れなかったりする夕方の時間帯。 やるべきことはいつでもいくらでもあるけれど、もちろん呆然とこの夕方に放り込まれた自分には何もすることができない。
自分でもおかしいと思うくらい、今日の夕方の落ちていく精神状態はひどかった。わたしは、自分で自分をコントロールすることができるようになってきたのかもしれないけれど、不意をつかれて混乱する夕方がある。 なんだか辛くて、色んな感情が交じり合って、泣いたりもしてみた。
これは夜になって、部屋に灯りを入れるころになると、すうっと消えていく孤独なのであるが、今日はそんなことよりもその混乱振りに動揺している。 だから、夢中でピアノを弾くしかなかった。
けっこうひとりで生きていくのって大変で、わたしは色んなものを抱えすぎているのかもしれない。周囲の人に迷惑をかけ、感情を撒き散らしてしまうけれど、きっとほんとうの意味でわたしは彼らに何とかしてもらおうとはまったく思っていないし、そういう意味ではきちんと誰かに「話せていない」のだと思う。
ひとは、「キミの抱えているものは辛すぎる」とも言うし、「そういうものは誰でも抱えている」とも言う。 でも、ごく当たり前のことだがすべては「自分」次第なのだ。向き合い、解決するのも、夕方にほうりだされて混乱するのも、何故かこんなことで泣いてしまうのも。
バスタブに湯を張り、ラベンダーの香りをいれる。 夜になり、精神状態は闇の濃さに溶けていく。
好きなひとに、きれいだよ、と言ってもらえることは幸せだ。 彼がメールに書いてくれたそのひとことだけで、わたしはもうぜいたくを言わないと思えるような幸せが分け与えられる。 遠くにいても、あえなくても。
そして、夕方に落ちていく。
夜が満ちていくと、ことばがたくさん降ってきた。
だから、まとめてメールマガジンを書いている。
2007年02月03日(土)
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