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第6章 (2) 女主人
●不意の高貴な客と、代理の女主人
長編作品のヒロインたちは、ある「試練」を受けて少女から大人になる。なかにはまだ幼い頃にその試練がやってくる者もいるのだが。一人前の女主人として家族に認められるその試練とは、不意の高貴な来客を、ありあわせの食事でもって、家の威信をかけてもてなす、というものである。高貴な客とは、本物の貴族であることもあれば、大臣や作家の場合もある。ほとんどは女性で、まれに男性も訪れる。
彼らとて、最初から不意打ちをかけるわけではない。計画は告げられている。しかし、予定は必ず遅れ、もう来ないと思われた頃合を見はからったかのように彼らは訪れる。会ってみれば実際にはとても気さくで──威厳はあるのだが、その辺の奥さんと大差なく、総じて気持ち良く時間を過ごし、帰ってゆく。そして、ヒロインは窮地を切り抜け、ほかならぬ家族の信頼を勝ち得るのである。
ただ、パット・シリーズの場合は例外的で、その日、銀の森屋敷にはパットも家族もおらず、ジュディばあやひとりがその栄に浴するのであった。
生き甲斐を感じられる静かな美しい場所」と伯爵婦人はひとり言のようにつぶやいた。それからジュディに手を振った──「たのしいおしゃべりをしましたわね」──そして行ってしまった。
/「パットお嬢さん」
銀の森屋敷を訪れたのは、ジュディの後にしてきた旧世界からの高貴な旅人、メドチェスター伯爵婦人。モードはスコットランドの文通相手マクミランに宛てて1903年に初めて書いた手紙で次のように書いている。 モンゴメリの家系の人々はエグリントン伯爵家(スコットランドのエグリントン伯爵家の人々の本名はモンゴメリである)と血縁関係があると主張しています。
L・M・モンゴメリ/「モンゴメリ書簡集(1)」
もっとも幼いときにこの試練を受けているのは、マリゴールド・レスリー。家族のだれひとりいない日を選んでえぞ松屋敷を訪れるのは、祖母が招いた7人もの客。もてなすは11歳の少女。客は、ロサンゼルスのまたいとこ、マーカス・カーターの家族と、バンクーバーのまたいとこ、オリビア・ピーク。その息子でトロントの大学教授、パーマー博士夫妻。よりによって、屋敷にはケーキが一個もなかった!客を空腹で帰らせるなど死に値する恥だというのに。
夕食をふるまうマリゴールドは、料理の経験がなかったにもかかわらず、『泡立てたクリームと三日月形の金色のオレンジに飾られた、特製の来客用ケーキ』(「マリゴールドの魔法」より)をこしらえ、面目を保ったのだった。もちろん、お茶に欠かせない熱いビスケットも添えて。
「アンの青春」でアン・シャーリーがもてなすのは、人気作家のモーガン夫人。トロント在住の作家で、モード本人とよく似た人物である。しかし、彼女はアクシデントで来られず、2度目に島を訪れた機会に急きょグリーンゲイブルズを訪問する。アンは当初狼狽してくじけかけるが、『モーガン夫人のヒロインはみな、「立派に難局をのりきる」ので有名』なのを思い出し、自分らしさを取り戻す。
アンの思い違いで、二人連れの客のうち、太っていて小柄で白髪の女性が、憧れのモーガン夫人だったというのは、モードの自分へのユーモアなのだろう。アンは満足して帰ったお客達を見送ったあとつぶやく。
不意にいらして、かえってよかったと思うわ。前からわかっていたら、あれこれ、おもてなしのほうに気をとられてばかりいたでしょうからね。
アン・シャーリー/「アンの青春」
モード晩年のヒロイン、ジェーンは、島で独り暮らす父のために主婦となるので、毎日がそのまま「試練」のエピソードといってもいいほどである。その意味では、最もこのエピソードが濃く詰まっている。
なかでも記念すべきは、父の友人、アーネット博士が泊まりに来るエピソード。宿敵にして父の姉、アイリーン伯母さんも一緒に来て、あれこれとジェーンの神経を逆なでるが、ジェーンは五分で引き分ける。ジェーンの母ロビンがアイリーンに屈して去った過去の仇を取るためのリベンジとしては、かなりの成果である。なにより父はジェーンの価値を認めている。
しかし、食卓を囲むにこやかな笑顔の裏に燃えあがる女の闘いにいっこう気づかない父とアーネット博士は、ジェーンをして、「その瞬間、ひとり残らず八つ裂きにしてやりたかった」と思わせるのだった。
エミリーの場合は、逆に、家での試練はなく、高貴な人物に招待される。相手はカナダ自治領内閣の閣僚で、「王侯の前に立つ」ハーバート氏。この場面は他のヒロインたちにくらべて端的に描かれているが、作家の卵らしく、相手を冷静に観察し、「生まれながらの指導者」と評価したりする。
結果としてエミリーは、ハーバート氏に「あのニュー・ムーンのスターという女の子はあの年頃の娘としては、いままで会った中で一番話が上手だ」と言わしめている。試練の場においても、エミリーだけは、作家の素質を認められることのほうに重点を置いたエピソードとなっているのだった。
この訪問は、モード自身が体験した出来事を彷彿とさせる。1910年のこと、カナダ総督グレイ伯が、シャーロットタウンを訪れた際に、モンゴメリに会いたいといってきたのだ。ただし、このときは自宅に招いたのではなく出向いているし、面会自体もなんら落ち度のないものであった。総督はアンの愛読者だったという。
この体験が他のすべてのエピソードのもとになっているというよりは、プリンスエドワード島の名家の伝統として、どんな不意打ちをくらっても動じずに客をもてなす女主人のホスピタリティー、まさに女の美徳を体現することが、ヒロインの成長に不可欠だと感じていたからではないだろうか。
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