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第3章 (2) ニュー・ムーンの歳時記
エミリー・シリーズ全3冊の舞台、ニュー・ムーン農場は、プリンス・エドワード島の架空の村、ブレア・ウォーターにある。海沿いの、"三代にわたって愛し愛されてきた"樹々(「可愛いエミリー」)に囲まれた農場は200エーカーの土地から成り、エミリーの母方の旧家、マレー家が所有している。ニュー・ムーンというロマンティックな呼び名は、1790年に一族の先祖が旧世界からこの島へ渡ってきた船の名に由来する。
ここで一切を取り仕切っているのは年長の叔母エリザベスで、すべてのことに厳格な女王として君臨しているが、他のことと同様、灯りにローソクを使ったり、有名なニュー・ムーンのチーズをつくったり、手づくりの保存食を常備したりといったように、自らが育ってきた古い伝統としきたりを守ることにかけても支配の手をゆるめない。そのおかげで、孤児となって引き取られてきた幼いエミリーも、数々の昔ながらの歳時記を興味深く味わいながら成長することができたのだった。
農場に住んでいる一族は、家長で独身のエリザベス叔母、同じく独身だがやさしい妹のローラ叔母、いとこのジミーさん、そしてエミリー・バード・スター。後に下宿人のペリー・ミラーも加わる。以下は、特に私が興味ひかれる「ニュー・ムーンの歳時記」である。
* 豚のじゃがいも
十月になると、ジミーさんが「豚のじゃがいも」を煮込むようになる。豚のじゃがいもづくりは夜に行われる。古い果樹園の一隅のえぞ松の木立の下に、大石を並べたかまどがあり、百年前にイギリスからヒュー・マレーが取り寄せた大きな鉄鍋の前で、ジミーさんは夜っぴて火の番をするのだ。燃料には香りの良いえぞ松の松かさも使われる。 エミリーやテディ、イルゼなど遊び仲間の子どもたちもこの時ばかりは火のそばにいてジミーさんのお話を聞かせてもらえる。ジミーさんはじゃがいもが煮えあがると、ふすまを混ぜる前に1個ずつ皆にふるまってくれるのだった。お皿は樺の木の皮で、小箱に入れて隠してある塩をふりかけて食べる。こんなおいしいものがあるだろうか?エミリーの物語中、私が最も心惹かれる食べものである。
* 台所の砂磨き
台所の床を磨くために砂をまくのだが、マレー家には「杉綾型」というオリジナルのデザインが伝わっている。「わたしはここを動かない」という名言が墓に刻まれている、ひいおばあさんの発明によるものらしい。砂をまくのはエミリーの仕事のひとつで、彼女はこの時に作業服として着せられる「ハバードかあさん」という、ローラ叔母のお古のエプロン服が嫌で嫌で、実際その服のせいで思わぬ事件に巻き込まれたこともあった。
* 湯たんぽにするジンの瓶
エミリーが日記代わりにつけていた亡き父への手紙(「かわいいエミリー」)によると、
「この頃、夜が寒くなってきたので、エリザベス叔母さんはいつもお湯をいっぱい入れたジンの瓶をベッドに入れます。それに爪先をつけるのが、あたしはとても好きです。この頃では、ジンの瓶を使うのはそのときぐらいです。けれども、おじいさんのマレーはそれに本物のジンを入れておいたものだそうです。」
とある。空き瓶にお湯を入れて栓をしただけの湯たんぽではあるが、これは自分でも試してみたいと思う。素敵な古いジンの瓶に出会ったなら。
* ジミーさんのドーナッツ
ジミーさんは美味しいドーナッツを揚げることができる。ドーナッツは壷に入れておく。これは豚のじゃがいもと違って台所での仕事だ。ニュー・ムーンの台所はまるで別棟のようになった片隅の小さな建物で、他と同じにつる草でおおわれている。黒ずんだ壁、低い天井、黒いたる木。そこからハムやベーコン、薬草の束、新しいソックスや手袋などがぶらさがっているのだった。屋根裏もある。朝食はオートミール。灯りはすでに時代遅れのロウソクのみ。つまり半世紀前の生活をしているのだ。台所の裏手には白いバター製造場があり、有名なチーズはエリザベスが作るが、エミリーも作り方をすっかりのみこんでいる。ジミーさんは、ときに失意の底にあるエミリーに、こんな風に陽気な誘いをかける。
「ドーナッツをお上がり、猫ちゃん」
ジミーさん/「エミリーはのぼる」
* ソーセージ
ニュー・ムーン秘伝のソーセージは、ウィリアム・マレーの妻、エリザベス・バーンリが故郷の旧世界から伝えてきた味。モードは食べものの味を何かに例えはしても、くわしく描写しないのが常で、どんな味だったのかは想像するしかない。エリザベスは大変な美人で、故郷を恋しがり、何週間もの間帽子を脱がなかったという逸話がある。ソーセージのレシピはもちろん、門外不出。
* マレー家のクリスマス
クリスマスには一族がニュー・ムーン農場に集まってくる。エミリーの幼い頃のクリスマスの描写は少し意外な感じがする。私たちが一般的にイメージするようなアメリカ風の、プレゼントの入った靴下や豪華なクリスマスツリーはない。同じ島が舞台でありながら、アンやパットの世界ともちがう。プレゼントは、ふすまを敷き詰めた木の大箱に埋められ、皆にまわされる。それぞれの名を書いたリボンがふすまの表面に出ていて、それを引きあげるという楽しい仕掛けだ。めいめいプレゼントを用意するのだが、エミリーも卵を売ったお金で家族や友人に子供らしいプレゼントを贈る。 晩餐、夜食とつづき、エリザベスのソーセージも改めて絶賛される。人の労をねぎらい感謝する、これはとても大事なことだ。そして、しきたりで、「ご先祖さまのこと」を皆で思い浮かべるのである。その後、手をつないで「蛍の光」を歌い、客達は泊らずに帰ってゆく。
ローラ叔母さんはあたしを腕にだいて、こう言いました。 「あんたのお母さんとあたしは、昔、クリスマスのお客さんを見送って、 こんなふうに立っていたものだよ」
「可愛いエミリー」
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