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第3章 生活の塩 (1) ジミー・ブック
エミリー・シリーズの主人公エミリーは、親子ほど年上のディーン・プリーストとの交友を、「わたしの生活の塩みたいなもの」だといっている(「エミリーはのぼる」より)。たしかに、「生活の塩」がなかったら、人生はずいぶん味気なくなってしまうだろう。小説もしかり。リアリティを感じさせる、心ひかれるあれこれが豊かだからこそ、主人公たちは輝きを増し、味わいも深まる。第3章では、そうしたあれこれを、私流にピックアップしてみたい。
「ジミー・ブック」は、作品を書くための紙に困っていた少女時代のエミリー・バード・スターが、同居しているいとこのジミーさんにもらっていたノートブック。呼び名はエミリーがつけたもの。第二巻の「エミリーはのぼる」では、黒表紙のずっしりとした真新しい本として出てくる。
紙のあふれる現代の日本の生活からは想像しにくいが、プリンスエドワード島という片田舎に暮らす作家の卵の苦労のひとつに、「紙がない」という問題があった。モード自身も子供の頃は、実家の郵便局にあった赤い会計簿(多分エミリーの「書き付け」と同じもの)の裏などを書き物に使っていたというのだ。
さて、ジミー・ブックは、エミリーが前のを使い終った頃を見計らって新しいのが机の上にプレゼントされているという、エミリーならずとも作家志望者にとっては魔法の贈りもののようなノートである。"書きなさい"という無言の励まし。これをもらうようになる前、エミリーはニュー・ムーン農場に引き取られてからもしばらく「書き付け」(エミリーの祖父が郵便局を開いていた時に祖母がたくさんためておいた、濃いピンクの細長い郵便配達届け証の裏)を使っていたし、父の家にいた幼い頃ですら「古ぼけた黄色い会計簿」を使って書いていたのだった。
ジミーさんは実際にはエミリーのいとこではない。エミリーのおば達や亡き母のいとこなのだが、「いとこのジミー」で通っている。ニュー・ムーン農場生まれでもなく、大人になってから働きに来て住んでおり、エリザベスおばに畑仕事で給料をもらっている。 彼は亡き父親をのぞけばエミリーにとって初めての理解者だった。「ものを書く」という行為が理解できない家長のエリザベスおばが、一切ものを書かなければエミリーをシュルーズベリーの町の高校に行かせるという条件を出した時、ジミーさんが、「小説以外なら書いても良い」と条件を変更するよう、説得してくれたのだった。
「近ごろずいぶん書いているわ──朝わたしの部屋はかなり寒いけれど、でも楽しみなの──やがては立派な仕事をしたいというのがわたしのなによりの夢なのよ」 「かならずそうできるよ。エミリーは井戸に突き落とされたりはしなかったからね」 エミリーはジミーさんの手を撫でた。 もしジミーさんが井戸に突き落とされなかったとしたらどんなことをしていたか、エミリーほどよくわかっている者はほかになかった。
「エミリーはのぼる」
ジミーさんの生涯には最初に暗い影が落ちており、それは子供の頃に井戸に突き落とされて頭を損傷し、以来軽い障害が残ってしまったというものだが、それをしたのが今では厳格な家長のエリザベスおばであったという「大人たちの過去」。これが彼等の主従関係といってもいい家長制に無言の圧力をかけている。
描写によれば、ジミーさんの風貌は、大きな茶色の目に褐色のちぢれ毛、灰色のあごひげは先が二股になっている。ジミーことジェームス・マレーは生まれついての詩人である。ただし書き残した作品はなく、自作はすべてそらんじていて、時々エミリーに聞かせてくれるのだ。ジミーのモデルは、現実にモードの身内にいた人で、母方の祖父アレキサンダー・マクニールの兄、"いとこのジミィ"マクニール。前出のメアリ・ローソン大おばの兄でもある。(「L.M.モンゴメリの日記1」/M・ルビオ&E・ウォーターストン編集版/篠崎書林より)
「ジミーさんは、千人もの先祖をかかえた者は自由になど できっこないと言っていますわ」 「それだのに人はあの男を馬鹿だと言うのだからな」 とカーペンター先生は呟いた。
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「ちゃんとした人間ならだれだってそういう気持になるさ」 とジミーさんはビーフ・ハムに向かって言った。 「こういうことはどの一つをとってみても針でちくりと刺した程度の ことにすぎないということはわかっているのよ──そんなことを気に するなんて馬鹿だと思うでしょうが──でも──」 「いやいや。脚を一本折るよか針で百刺されるほうが我慢できないよ。 わたしならガンと頭を殴られて参っちまうほうがましだな」
「エミリーはのぼる」
エミリーシリーズは、エミリー・バード・スターという女流作家の少女時代から結婚までの伝記というスタイルで書かれている。だからこそモード自身の書くことへの情熱や実際にあったエピソードなどが色濃いのだが、後世の伝記作家(モード)が語り部となり、その伝記作家のうかがい知れぬ部分を補うのが一人称で書かれたエミリーの日記や手紙の引用だ。ジミー・ブックは作品を書くだけでなく日記としても使われていて、作家の真情を吐露した記録として貴重な存在となったことが次の文からもうかがわれる。モード自身の日記が伝記作家や研究者にとって貴重な発見であったように。
そういうわけで、遠い昔、ニュー・ムーンの『見張りの塔』で書かれ、いまは黄色く褪せた『ジミー・ブック』のページをもう一度のぞいてみよう。
「エミリーはのぼる」
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