日報ファイル
saki



 あなたの美しさにふさわしく

…仕事中に何気なくめくった古い本のページの中に
何やら気になる詩を発見してきました。
黒田三郎という人でした。



失われたもののみが美しく
失われたもののみがあなたのものであったと
ひそかにあなたに告げるのは誰か
心に残されたものは
赤錆の鉄骨と
燃え残った石壁だけであると
ひそかにあなたに告げるのは誰か
美しい人よ
思い出があなたを貪欲にする

かつてあなたを容れるためにあり
いまもなおあなたを容れるためにある
空白の中で
あなたの美しさにふさわしく
唇を洩れて出るひとことよ
たかがそれは
木と紙とガラスにすぎなかったのだと

失われるものの
失われた無数の穴から風は吹き入り
はるかに海が見える
かくされたものはかくれる影を失い
炎天の下
這い うごめき 
かくれる影を求めて 罵り騒ぎ
海のほとり
新しい旗のはためく町よ廃墟よ
新しい旗の影にかくれる 
政治的動物の群れを見よ

飢えていま風のなかに立つ美しいひとよ
かつてあなたが持っていた多くの物の代りに
いまあなたの持っている多くのものを
あなたはいまひそかにあなたに告げよ
失われた影のむこうに
あなたの眼が偽りなくとらえた多くのものを
あなたはいまひそかにあなたに告げよ
あなたの美しさにふさわしく
あなたの持っているものが
よし不信と憤怒と絶望であろうとも
あなたはいまひそかにあなたに告げよ



2001年12月04日(火)
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