ケイケイの映画日記
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| 2026年09月19日(土) |
「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」 |

ベトナム帰還兵の壮絶なPTSDを、真正面から誠実に描いた作品です。深く心を打たれました。今までそれなりに戦争が題材の作品は観てきて、その知識が役にも立ちました。著名な日本人俳優は、ラスト近くにリリー・フランキーが出るだけで、登場人物はほぼ外国人ですが、日本製作の作品です。監督は塚本晋也。元海兵隊員アレン・ネルソンの手記が原作です。
18歳で海兵隊に入隊したアレン・ネルソン(青年期・マーク・マーフィ)。ベトナムでは、上官の指示通り、殺戮を繰り返します。期日が来て除隊したネルソンですが、戦場で起きた事が、ふとした拍子にフラッシュバックし、その度に暴れます。途方にくれる家族から、自分を厄介者だと感じるネルソン。廃墟で一人寝泊まりする彼を、教師になった幼馴染が、自分の生徒に戦禍の様子を話して欲しいと言われます。最後になって、一人の児童が手を挙げます。「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」と、問います。
アレンがベトナムから帰還した当時、まだPTSDやフラッシュバックの概念が確立されていなかったと思います。海外では多くのPTSDを描く作品が作られていますが、日本はでは、あまり見かけません。そうは言っても、精神を病んだ日本兵も、過去にはたくさんいたはずですが。
アレン(壮年期ロドニー・ヒックス)は、PTSDの治療のため、ダニエルズ医師(ジェフリー・ラッシュ)のカウンセリングを受けています。その中で浮き彫りになるアレンの戦争の記憶。そこから紐解かれるのは、戦争の本質でした。
沖縄で訓練の時は、現地の人に蛮行を繰り返すアレン達アメリカ兵。それを「週末はテーマパークのようだった」と、楽しそうに話すのです。曰く、上官からこれから黄色人種を殺しにいくのだから、沖縄も同じ。暴力の限りを尽くしても良いのだと言われたと言うのです。強く憤りを感じました。沖縄は決戦があった場所であり、長きに渡ってアメリカ領でもありました。少し前基地について、テレビのコメンテーターが、米軍基地なら横須賀にも他にもあり、沖縄だけ特別視するのはおかしいとのコメントを聞きましたが、こういった歴史上の出来事を鑑みれば、他の基地と同列に語る事に違和感を覚えます。
ベトコンが潜んでいる可能性が万に一つでもあれば、女子供、年寄りも容赦なく殺戮。そして村は焼き尽くす。捉えて拷問したベトコンに、どうして他所の国で戦うのだ、差別されて苦しいなら、自分の国で戦えと罵られる黒人の兵士たち。そこで初めてアレンは、前線に行かされるのは自分たち黒人か、貧しい白人であると、認識します。被差別者だった自分を、軍人になる事で、そこから脱出したように錯覚させたのが、戦場だったのではないか?
カウンセリングの最後に、ダニエルズ医師は毎回必ずアレンに、「何故人を殺したのか?」と問います。「当たり前だ、戦争のせいだ!殺さなければ自分がころされた!」と怒りを露にするアレン。私はどんな言葉をダニエルズが待っていたのか、予想出来ました。そして当たりました。
アレンの視点で語られる回想は、加害現場ばかりなのです。何故殺したのか?と問われて、殺人を正当化する彼。ダニエルズの毎回の問いに、必ず激怒するのに、アレンはカウンセリングを続ける。吐露したいのに出来ない、被害者だけであるのは行けない事だと、アレンが判っていたからではないか?自分は被害者であり、加害者であると認めた以降の彼の心は、限界を突破したかのように、前に進みます。戦争の一番の事実は、加害者であり被害者であることだと、私は受け取りました。だから、勝ち負けなどないのです。
そして、アレンに「ネルソンさん」と問いかけた少女は、「殺しました」と答えた彼に、何と答えたか?その無垢な言葉は、アレンは生涯覚えていたと思う。そしてダニエルズ医師の「何故殺したか?」の問いに対しての、本心の吐露は、この言葉が呼び覚ましたものだと思います。少女の言葉に対しての、アレンの涙は、私は「後悔」ではなかったかと思います。
当時、ベトナム帰還兵の心の治療は確立されたものはなく、各々治療者にまかされていたと、ダニエルズは語ります。医師の人格・思想などが多大な影響を患者に与える事は必至です。ファイトを繰り返すようなスタイルでしたが、魂のレベルで、共鳴があったのでしょう。素朴に表現すると、相性ですね。
聡明なアレンの妻(タチアナ・アリ)。連れ子をしての再婚です。あの様子では、アレンは就業は難しい。日常生活も困難だったと思います。観ながら、彼女は戦争未亡人だったのかと想像しました。夫がもし帰還したとして、アレンのようになっていたかもしれない。前夫にアレンを重ねて、支えようと懸命だったかと思いました。アレンの立ち直りも、この妻あっての事だったはずです。
日本には実に1200回以上、平和について講演をしたアレン。1995年の沖縄での少女の性的暴行事件がきっかけだったそう。戦場に出る訓練をした沖縄に、深い因縁というか縁を感じたのだと思います。
アメリカでは、軍隊の誘致に関して、その裏側の事実について、講演して回ったそうです。それは連れ子の学校で語り部となっている姿が、作品内でも描かれています。
そしてびっくりしたのは、ベトナムにも行っている事。劇中でも出てきます。講演前にフラッシュバックにも襲われる様子も描かれ、この病とは一生付き合うのだというのも解ります。こういった背景を映した後の謝罪のシーンは、とても尊いものに感じました。
枯れ葉剤の後遺症により、61歳で亡くなったアレン。彼にも監督にも、この作品に携わった人全て、賞賛と感謝を送ります。色んな思惑があり、この作品の上映館は、とても少ないです。近くで上映があれば、是非ご覧ください。必見作です。
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