ケイケイの映画日記
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2025年02月09日(日) 「阿修羅のごとく」(Netflix)




いやー、面白かった!一話目こそ、やっぱりオリジナルが良いなと思いつつ観ていましたが、回を追うごとに前作を思い出し懐かしかったり、あぁこの感情は若過ぎて解らなかったんだなと、改めて感じ入ったりで、一気見しました。全部知っている内容なのに、観終わったら、もう寂しくて。昭和50年代の女性史として、当時を鑑みるにも最適で、今描く意義も感じます。リメイク大成功の作品だと思います。監督は是枝裕和。

竹沢家の四姉妹の綱子(宮沢りえ)、巻子(尾野真千子)、滝子(蒼井優)、咲子(広瀬すず)。今日は夫の鷹男(本木雅弘)と息子と娘と住む、巻子の家に集まります。呼び出したのは、滝子。70歳を迎える父(国村隼)が、子連れの女性(戸田菜穂)と浮気をしていると言うのです。母(松坂慶子)に知らせるべきか否か、四人は各々の思いを吐き出します。

時代設定は元作と同じ、1979年から80年。昭和54〜55年です。私は当時高3〜短大の一年生で、面白くて食い入るように観ていました。私は女子校育ちで、同級生で一人娘や姉妹だけの子も多く、「婿養子」という言葉が、頻繁に聞かれました。お金に困らない家の子が多かったですが、別に「普通の家」で、婿養子て・・・何で?!。というのが、当時の私の胸の内でした。莫大な財産があるわけじゃなし、大きな会社を経営しているでもない、別に特段継がすものがない家で、婿養子が簡単に来ると思っていた、そんな時代だったんだか、出身校がそうだったのか。そう思うと、姉妹の誰にも婿養子をと言わなかった、この両親は潔かったと思います。子供の人生に口出ししなかったのよね。

綱子は絶賛料亭の亭主(内野聖陽)と不倫中。お花の先生で生計を立てられるんだろうか?今より需要は多かったろうけど、後家さんの生活苦がないです。早逝した夫は、幾つくらいで亡くなったんだろう?遺影では、判りません。それなりの金額の保険をかけていたんだろうか?遺族年金もあるしね。このお金には困っていません感で、それまでの生活レベルもそこそこだと、感じました。息子も育て上げた今、きっと一人寝の寂しさが込み上げたんでしょう。このまま「女」を忘れるのは嫌だったんですね。艶やかな宮沢りえが演じるので、納得してしまいますが、当時の女50なんて女の前線からは、とうにお引き取り願う年齢。ずっと年上ではなく、相手が同年齢の男性であったことが、女の残り火に火をつけたんだよね。泥沼不倫も愚かに見えず、納得です。当時お母さんは女には非ず、お母さんと妻としてしか望まれない時代に、この綱子の造形は、ある意味天晴だったかも。

巻子は姉妹唯一の夫持ち。その夫はそれを自覚しているのか、何くれとなく妻の実家を気遣い、巻子は鼻が高い。そういえば夫の身内は全然出てこない。夫持ちは自分だけなので、心の中では他の姉妹より優越感を抱いているけれど、夫は不倫しているかも知れないと、心中穏やかではない。黙っているのが得策で、それが賢い妻だと、当時は思われていたんですね。今なら証拠集めて、二方慰謝料突き付けるんだろうな。でも黙っている本音は、家庭を守りたいだけじゃない。「あの人、お姉さんの事を気に入っているの」とは、華やかで色気のある女性が夫は好き、という意味です。地味で如何にも良妻賢母の自分は、妻として必要だから結婚したんじゃないか?女性として愛して貰っているのだろうか?という、彼女の不安が黙らせている。

滝子は図書館司書として自活しており、堅物で、全身から男は近寄るなビームが出ている。父の浮気調査を依頼した縁で結ばれた勝又(松田龍平)と深い関係に踏み込めないのは、自分に女としての魅力が無いからだと、悲痛さを漂わせている。正義感強く不器用。三女の自分は、今度こそ男だと意気込んでいたはずの、親を落胆させた事は、咲子だけではなく滝子も同じでしょう。。彼女の頑なな性格は、その事が起因しているようです。勉強が出来たのも、親に認めて貰う手段だったのかも。

咲子はお人形さんのような容姿を自覚し、子供の頃からそれを利用して生きている。勉強がダメでもへっちゃら。だって男にモテモテだもん。でも実のところ、自分の取り柄は容姿しかないのを知っている。愛した男には一途で、実は四人姉妹で一番情が深い。傍若無人と天真爛漫を行ったり来たりしながら、実は自己肯定感が低いのも、期待されていた男に生まれなかったことが、最大の起因。

そして母。夫の不倫を黙って見過ごしていたのは、ミニカーを鬼の形相で投げつけるところに、集約されています。男が産めなかった悔しさが、これでもかと表されている。それと同時に、夫に男子を抱かせることが出来なかった申し訳なさもあるのですね。浮気相手の連れ子が女子だったなら、子供がいなかったなら、また態度は違ったかもしれない。

なので、同じ「黙っている」を選択した母と次女は、家庭を守るためという大義名分に隠された本音は、私は違うと思います。

いやいやいや。元作当時は私も女として、まだまだひよっこでね、というか、卵だったんだと、今回のリメイクを観て痛感しました。ストーリーが面白くて観ていただけで、姉妹のキャラなんて、こんなに深く味わえませんでした。それだけでも観た意義がありました。何というか、みんながみんな、「男」という存在に振り回されている。自分軸では生きられない、その辛さを、男側からは「阿修羅」と表現されます。当時はこの見下される辛さ哀しさ必死で生き抜く姿を、女は強かだの魔物だのと言われていたんですよ。「男」にね。自己を確立して自分軸で生きても、人(意識の低い女も含む)からは、表立って(そう、裏ではまだ陰口言われるよな)悪くは言われません。あぁ、良き時代になってきたんだと、この作品の母に近い年齢になった私は、本当に感慨深いです。

キャストは、これ以上ないんじゃないかと思う程、ドンピシャの好演でした。特に私が期待していなかった面々の大活躍に目を見張りました。広瀬すず、こんなに上手かったっけ?鉄火肌の亜種みたいな咲子が、実は昭和の女の哀歓を一番漂わせていてる。男次第の人生のアップダウンを、本当に懸命に生きている様子を、体当たり的な好演でね、感激でした。

モックンなんて、この役は荷が重いと思っていたのに、昭和の上質な出来るサラリーマン感が満載でした。何が出来るってね、仕事も家庭も上々の納め、秘書も摘まみ食いしちゃうという、当時の男性の理想だったはずの姿に(笑)、全然違和感なかったです。

モックンの愛人疑惑の秘書役の瀧内公美も、スゲーのなんの。出て来た瞬間、世の人が想像する昭和の美人秘書そのもの。真実は明かされませんが、多分モックンと出来ている(笑)。婚約者もいるのにねー。こういう女性が魔性なんだよ。瀧内公美、この頃どんどん綺麗になってお芝居にも磨きがかかり、ファンとしては嬉しい限りです。

国村隼の父も感激しました。私は今の役者では見当たらない重厚さの、佐分利信の父がとても印象強く、映画版の仲代達也にして、私的には超えられませんでした。それが重厚とは違うアプローチで演じており、飄々とした中に、断ち切れぬ男の性も、器の大きさも、娘たちへの想いも感じさせて、大成功だったと思います。

触れていないキャストにも何一つ文句ないです。そして一番良かったのは、元作へのリスペクトが十分に感じられた事です。当時は時代と同時進行でしたが、その時代をそのまま使い、筋を変えず、印象深いシーンはそのまま再現して、なお新たな感想を引き出すなんて、本当に凄い。是枝監督とネトフリには、感謝申し上げます。観られる環境の方は、是非ともご覧ください。



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