ケイケイの映画日記
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2025年02月02日(日) |
「どうすればよかったか?」 |
本作の監督、藤野知明の実家の20年を映したドキュメンタリー。観る前も観た後も、「どうすればよかったか?」のタイトルの問いに対しての私の感想は、同じでした。しかし、そこには監督も含めて、懸命に精神疾患を発病した長女であり姉のために何が出来るか、力いっぱい介護し続けた家族の姿があり、予想した以上に胸打つものがありました。以下の感想は、たかが六年間ですが、精神科の医療事務経験のある者の感想です。
監督の8歳違いの姉・雅子は、医学部在学中に統合失調症と思われる症状が現れます。しかし、医師で研究者である両親は、姉の病を認めず、精神科に受診させませんでした。進学や就職で、18年間実家を離れた監督ですが、映像作家の専門学校を卒業した事を切欠に、その後の20年、姉と両親を撮り続けます。
撮影前の家族の様子は、写真と監督のナレーションで語られます。現在90代の父ですが、当時としても現在であっても、医師としてエリート同士の結婚であると思われます。当初は父の教え子である精神科医に娘を診せるも、統合失調症(当時は分裂症と呼ばれた)は、否定されたと語る母。以降、一貫してその言葉を信じたようです。
いや、信じたというより、信じたかったんでしょう。精神科受診に繋がらなかったのは、私は両親が医師だったからだと思います。20代に発症、その後の30年近くは受診に繋がらなかったのですが、それまでに病気一つしない訳はない。なまじっか、親が医師であるため、内科的な疾患は、治療出来てしまったのではないか?この状態の患者を診て、他の医師なら、一様に精神科受診を勧めるはずです。
それぐらい、姉の様子は尋常ではない。支離滅裂で何を話しているか、解らない。極端な早口で独特の語り口。虚ろな眼差し。硬く表情の乏しい顔。昼夜を問わず、突然激しく怒り出し暴れ姿は、獣じみている。同居していた当時の事を、監督は「殺すか殺されるか」と表現していましたが、私のように身近に患者を見ていた者でなくても、その表現に納得するはずです。多分この様子は、世間的に想像する、統合失調症の状態だと思います。
ですが、私はこんなに凄い人は、六年間見た事がありません。クリニック勤めだという事もあるでしょう。こんなに凄けりゃ、即入院ですから。何故見た事がないのか?患者さんたちは、薬を服用していたからです。
映像の2/3は、一人でアメリカに行ってしまい、連絡が有り迎えに行った豪快な話から、姉の言うまま、親は怪しげな団体に献金した話などを織り交ざながら、凄まじい姉の症状を映し続けます。それが、母の認知症により、劇的な展開を迎えるのです。父が母の介護に手がかかることで、雅子は精神病院に入院となります。
ここからの姉の様子は、私には見知った様子でした。。処方された薬が合い、穏やかで落ち着いた様子です。「写真撮るから、お姉ちゃん笑って」との監督の言葉に、お茶目なポーズを取る姉。ですが、家に刃物を持った人がいると、コンビニに駆け付け、警官(勿論本物)が数人で自宅を訪れるシーンも。治ってはいません。
治ってはいないけど、彼女なりの安定した生活が始まって、心から良かったと思いました。あのままで老いていくなんて、哀し過ぎるもの。監督が何度も受診を勧めていたのに、もっと早く受診していればと思う私に、その後、監督は別の想いを抱かせたのです。
母の妹さんへのインタビューでした。「姉(二人の母親)は世間体で雅子の状態を隠したのではない。子供を思っていたからだ」との言葉が、引き出されたのです。あーと、意表を突かれるも、腑に落ちました。隠したのは、身内の恥との意識ではなく、世間の偏見から、娘を守った。そういう意味だと取りました。
そして父。息子である監督から、様々に姉に対しての質問が飛ぶ。「統合失調症だとは思っていた。でもママが否定した」。入院したら、もう退院出来ないと思ったからでは?との問いには、暫く考えた後、「そうではない」と、答えた父。でも私は図星だったのでは?と感じます。昔は精神病院に入院したら最後、二度と出られないと、私も思っていました。
姉にも質問しています。親に不満はなかったのかとの問いに、答えない姉。姉は4浪して医学部に入学。親の願いだったと、想像に難くない。でも何も言わない姉。ここで私はお互いを思い合う、親子の姿を痛烈に感じました。親は自分たちのせいで娘は発病したと後悔し、娘は小康を得て、親の人生を奪ってきたと申し訳なく思っていたのではないか?
そして父から、娘との生活は不幸ではなく、それなりに充実した毎日だったとの言葉が、引き出されると、思わず涙が出ました。前半の大変な介護を、当たり前のようにこなしてきた両親の姿が、思い起こされます。両親が娘を守りたかったとの気持ちに、嘘偽りはなかったと思います。
映画友達で、親しくさせて頂いている牧師さんから、受援力という言葉を教えて貰いました。助けてと言える力です。精神科勤務時代、仲の良かった子供くらいの年齢のPSW(精神保健福祉士)から、「障害や病を得た人は、社会資源を使って下さい。そうすれは、必ず救われます」と教えて貰いました。福祉、医療、行政に繋ぐという事です。繋ぐにはまず、「助けて」と言わなければ。
この一家で、その役割を担ったのは、誰あろう監督で合ったと思います。姉を福祉と医療に繋いだのは、親ではなく弟だと思う。
冒頭、「この作品は、姉が何故統合失調症になったかや、統合失調症に理解を深めて貰う作品ではない」と、出ます。どうすればよかったか?を一緒に考える作品です。
苛烈な姉の様子を映す中、何度も思ったのが、誰かに助けを求める事です。それは勇気の必要な事だと、この親子を見て、改めて思いました。堅い思いで結ばれた姉と両親に、監督は疎外感を感じた事は、数知れずあったはずです。その思いを、一家を撮り続ける事で払拭してきたのでしょう。監督は立派だと思います。自分の親を毒親と呼ばせたくない、可哀想な精神病患者として、姉の一生は終わったのではないと、その思いが詰まった作品だったと思います。
監督の意図とは外れますが、この作品を観て、病に対する偏見が、少しでも減ると良いなと、本当に思います。精神疾患は、きちんと受診して服薬すれば、決して他害のある病気ではないと、後半の雅子さんを見て感じて下されば、嬉しいです。
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