ケイケイの映画日記
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2024年04月14日(日) 「アイアンクロー」




若い頃、プロレスが好きでした。当時は団体が少なく、私が好きだったのはジャイアント馬場が率いる全日本プロレス。テレビの画面越しですが、エリック一家の姿は良く覚えており、デビッドの死去も記憶に有ります。プロレスは、華やな多彩な技と、如何わしさがない交ぜになり、哀愁を醸し出す所が、私は醍醐味だと思っています。その私の想いに添ってくれる画面に、何度も何度も泣かされました。大好きな作品です。監督はショーン・ダーキン。

得意技のアイアンクロー(鉄の爪)で名を馳せた、プロレスラーのフリッツ・フォン・エリック(ホルト・マッキャラニー)。妻のドリス(モーラ・ティアニー)との間に、次男ケビン(ザック・エフロン)三男デビッド(ハリス・ディキンソン)四男ケリー(ジェレミー・アレン・ホワイト)五男マイク(スタンリー・シモンズ)の男子がおり、皆が父の後と追い、人気プロレスラーとなっています。しかし、幼い頃亡くなった長男の他、三男のデビッドも若くして急死、次々エリック一家には、不幸が襲いかかるのです。

実話では、長男は幼い頃事故死、もう一人、やはりプロレスラーになった六男がいたはず。六男もすでに亡くなっていて、五男のマイクは、六男も投影してのキャラのように感じます。

前半は華麗なるプロレス一家の日常と試合を描いています。強くて求心力のある父は、息子たちの愛と敬意を集めています。うちも息子が三人だったので、子供たちの喧騒の日常や、大皿でドンとたくさん出した料理に、「早く食わなくちゃ、無くなる」のセリフなど、昔を思い出して、とても懐かしい。半面、夫婦の間には隙間風が吹いているのに、夫は気づいていない。独善的な夫に、妻は子供の行く末に対して意見する事も諦めており、信仰心だけが心の支えだったのでしょう。夫や膨大な家事に対する疲弊が(本当に息子がたくさんいると、家事に忙殺される)、母としての彼女の思考を奪っているように見えました。

試合の場面が盛沢山です。吹替も使っていましたが、とにかく本格的。兄弟ペアでのドロップキックなんか最高だったし、ジャーマン・スープレックスやブレンバスター、空中からの飛び技等、とても堪能しました。そしてハーリー・レイスにリック・フレアー、ブルーザー・ブロディなど、日本でも馴染みのあるレスラーが大挙出てきます。レイスは特にそっくりでびっくり!どこから連れてきたの?息子?親族?というくらい似ていたなぁ。ブロディは、もっと大きいしハンサムでした。府立体育館の試合で実物を観ましたから(笑)。俳優陣(とくにザック)も、とても頑張って技を繰り出していました。プロレス技は非常に危険を伴うもの。それを怖れず、相当トレーニングを積んだんだなと、ここにも敬意を持ちました。

まずケビンとデビッドが人気レスラーになる中、頭角を現したのはデビッド。テレビの事前収録で、汚い言葉で対戦相手を挑発するはずが、上手く出来ないケビン。生真面目な彼の人柄を表している。対してデビッドは即興で相手を挑発。華やかに場を盛り上げる。そして父は弟に目をかける。兄としての葛藤、弟としての居心地の悪さ。これは円盤投げから、プロレスに転向したケリーとケビンとの間にも受け継がれます。

ザック・エフロンが渾身の演技です。上腕の筋肉の上の血管が浮き上がるほど作ってきています。大技も繰り出し、もう感激!弟にたちに追い越される兄の悲哀も充分伝わってきます。ザックをオスカー候補に選ばなかったのは、どいう了見?オスカーの選考委員はアホなの?私から観たら、一世一代と言っても良い好演でした。

後半からは、「呪われたエリック家」が描かれ、家族の葛藤が主軸に置かれます。私がとても切なかったのは、弟たちが兄のケビンを慕っていた事です。デビッドは日本からの絵葉書で、「兄貴、日本へ来なよ。ヤバいよ、みんな俺の事を兄貴だと思ってサインをねだるんだ。嬉しかった」。デビッドの死去後にこのハガキを読むケビン。彼と一緒に私も号泣。ケリーも自殺の直前、親ではなくケビンに電話します。家族のために、誰よりも身も心も捧げていた兄を、親以上に弟たちが理解していたのでしょう。

やりたい音楽活動もしたいと言えず、リングに上がったマイク。高圧的な父が君臨する家庭で、「家業」であるプロレスが嫌とは言えない。進んでプロレスラーを選んだ息子たちとて、マジシャンズセレクトのように、レスラー以外の生き方は選べなかったのでしょう。次々、王者でなければ、誰よりも人気を得なければ、金を稼がねば。そのプレッシャーに負けていく様子が、本当に辛い。

しかし、私が感心したのは、死にゆく息子たちを理解し、憐憫の情を見せる演出ながら、親のエリックも、ただの「毒親」としては、描いてはいなかった事です。確かに独善的で子供たちを支配していた彼ですが、一子相伝(多子だけど)のアイアンクロウの技もあり、自分が立身出世したレスラーを継ぐのは、当然の事だと思っていたでしょう。ましてや息子たちは、七光りを利用できる。プロモーターとしての金の使いこみなどあれど、そんな親は、この世代ならごまんと居ます。家業であるプロレスを守ることが、家族を大切にすることだとの、間違った思い込みがあったのだと感じました。

本物のケビンが、「とても自分の気持ちを理解している作品」と評したのは、自分の描き方以上に、両親に対して、慈悲のある描き方だったからかと思います。画面のケビンからは、親に対して辛さや悔しさは感じましたが、憎しみは感じませんでした。ケビンが生き残ったのは、父親という壁を、自分なりに理解。越えられたからかと思います。

ケビンに家族の本来あるべき姿を教えたのは、妻のパム(リリー・ジェームス)であると、私は思います。華やかな喧騒の日々は、さぞ毎日がプレッシャーとストレスだったでしょう。現在たくさんの子供と孫に囲まれ、妻と共に牧場で穏やかな日々を過ごす、実在のケビンの様子が挿入され、また私は涙。

実は私も、それなりの裕福な家に生まれました。父は50人くらい従業員のいる会社のオーナーで、当たり前のように独善的。気のきつい母とは常に不和でした。両親は私の新婚時に離婚。バラバラにですが、それぞれの形(母親はそうとうしんどかった)で、二人とも看取る事が出来たのは幸いです。一緒に育った腹違いの兄二人とは、絶縁宣言した覚えもありませんが、連絡先も知りません。唯一両親が一緒の妹とも、訳あって疎遠。今は宴の残骸もなく、私の実家は跡形もありません。

私自身は夫と3人の息子に、お嫁さんと孫に囲まれ、穏やかに老後を迎えています。自分の生家を想う時、ケビンも私と同じく、寂寥感を抱いているはずです。誰も憎まず、誰も怨まず。この感覚も、ケビンと共有していると、作品から感じています。家族愛もテーマの作品ですが、人生において家族の形は変わっていき、その状況で優先順位は変わるはず。娯楽だけではなく、学ぶことも多い作品でした。


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