ケイケイの映画日記
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これもとっても良かった!フィンランドに住む不運な中年男女が、自分には悲劇、でも他人から観ると喜劇みたいな、とぼけた味わいで描かれます。人を食ったようユーモアに始終クスクスしながら、じんわりと彼らの厳しい人生が伝わってくるのです。でも最後まで観ると、「希望」という言葉が、この作品には一番相応しいと感じました。監督はアキ・カウリスマキ。
フィンランドのヘルシンキ。スーパー勤めのアンサ(アルマ・ポウスティ)は、賞味期限切れで、廃棄になる食品を持ち帰っている事がバレて、スーパーをクビに。慰めてくれる同僚と行ったカラオケバーに居た、現場作業員のホラッパ(ユッシ・ヴァタネン)と知り合います。
アンサがクビになるのは、業務規約違反なので、心情的には同情しますが、仕方ない気がします。私はそれより、「こんな事(同僚を売って)までして出世したいか」と、密告した同僚をアンサが詰った事が気になりました。厳ついですが、意地の悪そうな人でもない。きっと妻子がいるのでしょう。貧しさが蔓延し、みんな貧しさから抜け出したいのだと感じました。
タコ部屋みたいな部屋で、同僚と暮らすホラッパ。孤独が彼を蝕んでいるのでしょう、アルコール依存です。風変わりなれど気の良い同僚が彼を心配してくれます。縁あってデートする二人。「また会える?」と尋ねるホラッパに、電話番号をメモして渡す時、ホラッパの頬にキスするアンサ。いいなぁ、ほっぺにチュー。くちづけより、私はほっぺにチューが好き。「PERFECT DAYS」のリサのチューは、お礼のキス。アンサのキスは、親密になる前のディスタンス。身持ちの堅い彼女を表していると思いました。
しかしここからが、すれ違いのつるべ打ちなのです。紆余曲折して巡り会えても、拗れる二人。この辺で、あぁメロドラマだったのねと、気付きました。
アンサはスーパーをクビになってすぐ、皿洗いの仕事を見つけ、この職場が無くなると、さっさと工場勤めを見つけてきます。この工場が腕力体力が必要で、多分男性の仕事です。ここにアンサに生きる事に対しての、芯の強さが現れている。
対するホラッパ。どこへ行ってもアルコールでクビに。親兄弟がアルコールで身を滅ぼしたのを観ているアンサは、アルコールを絶たないと付き合えないと、彼に告げます。じゃあ、サヨナラだ!と捨て台詞を吐くホラッパ。弱い人だから依存症になるのか、依存症だから弱いのか。
アンサもホラッパも、生活苦が滲み出ていますが、元はなかなかの美男美女。人生を諦めるほどの年齢でもなく、人恋しいのではなく、人肌が恋しいのじゃないかなぁ。心を温めるのは友愛でも親愛いいでしょうが、人肌を温めるには、親密な関係じゃないとね。もちろん男女でも同性でも。二人が切れそうな縁を、必死に思い留まったのは、私はアンサのホラッパへの、頬のキスだったように思えます。妙齢の男女にしたら、とても純情です。生活苦でも、心は荒まなかったんですね。
ラジオからはウクライナの戦況の様子が常に流れてきます。当初はダイヤル式の電話、クラシックな映画館等、えっ、いったい何時の時代ですか?と感じる観客を、現実に戻すツールなのかと思っていました。でも終盤に近付くと、どんなに貧しくても、ここは戦場ではない。死ぬことはないのだと、静かに伝えてくれているのだと、解釈しました。
紆余曲折というより、奇想天外な道行を経て、添う事になった二人。松葉杖姿が、あんなに希望に満ちて見えた事はありません。たった90分弱で、すっかりカウリスマキの虜になりました。
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