ケイケイの映画日記
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2023年01月10日(火) 「ケイコ目を澄ませて」




昨年末の16日から公開で、見逃してしまうかも?と、ヒヤヒヤしていましたが、無事鑑賞。ヒロインを通じて映す、相反するはずの静寂と喧騒が、全て熱くて温かい。秀作です。監督は三宅唱。

生まれつき聴覚障害のケイコ(岸井ゆきの)。弟聖司(佐藤緋美)と二人暮らしです。仕事はホテルの清掃係。会長(三浦友和)が営む下町の小さなボクシングジムで、練習に励むのが日課です。。彼女の努力が会長やトレーナーの目に留まり、聴覚障碍者では初めて、プロボクサーとして試合に出場することになりました。しかし、この頃から会長の体調は思わしくなく、ジムは閉鎖することになります。

ケイコのキャラに「愛想がなく不器用な子」と書かれています。本当に笑顔が出ない。でもそれは、障害と関係あるのではないか?コンビニの店員が「ポイントカードは?」と尋ねられると、エコバックを見せるケイコ。道ですれ違い様にぶつかった相手から怒鳴られても、何を言われているか、解らない。写真を撮るカメラマンからの「笑って」の言葉が解らない。そして何より胸が痛かったのは、試合の場面です。セコンドの声が聞けない事。対戦相手に足を踏まれて転倒したのに、ダウンと取られた事。

筆談や手話の場面より、もっともっと、彼女がハンデを負っていると画面が語っているのです。

ケイコの笑顔が見える場面もあります。同じ障害を持つ友人たちとのランチ。いつも彼女に優しいのでしょう、年長の同僚と手話で会話する時。自分と親睦を図ろうとする、弟の彼女の好意を感じる時。彼女を案じる母(中島ひろ子)や弟の気遣いや、ジムの会長やトレーナーの期待。自分は孤独ではないのだと、ケイコ自身も理解しているはずです。

しかし、ボクシングを続けるか葛藤しているケイコに、「悩み事があるなら、話して。話すだけでも気が楽になる」と心配する弟に「話しても何も変わらない」と、手話で返事するケイコ。

解るよ。そうだよ。障害を持ちながらボクシングをしているのは、ケイコ固有の葛藤です。同じ立場の人はいない。私は思春期、複雑で不和の絶えない家庭について、悩みを抱えていました。でも何故か私の周囲には、絵に描いたような平凡で幸せな家庭の子ばかり。誰にも打ち明けませんでした。言っても仕方ないから。「ケイケイは明るくて、悩み事なんかないよね?」と、笑顔で言われた時は、止めの一撃でした。それを言われても、私も自分は孤独ではないと、解かっていました。

人に相談できる悩みは、本当の悩みじゃないんだと、その時強く思いました。本当の悩み事は、自分一人で苦しんで答えを出すものなんだと。ケイコは仏頂面、当時の私は笑顔。両方とも甲冑なんでしょうね。

会長はケイコのボクサーとしての才能を問われて、「才能は無いかな。でもケイコには人としての器量がある」と答えます。その器量は、仏頂面の中、障害に対しての様々な鬱屈を、ケイコが人としての器量の大きさに変えていったのだと思います。障害にばかり目が行き、彼女の器量に目を向ける人は少ないと思います。そんな中、会長を引き合わせたのは、彼女の自尊心の高さと、責任感だと思います。自分の人生、守られる障害者だけで、終わってはいけないと。よく解るよ。私も折角生まれたきたんだもの、幸せになるまで頑張るんだと思っていました。だからグレずに済んだんだもの。

母が撮った試合の録画は、ブレブレでした。戦い流血する娘を、観ていられなかったのでしょう。母の気持ちが伝わり、私は泣けて仕方ありませんでした。何故ボクシングをするのか?障害のストレスからか?と、心を痛めているのでしょう。健常者に生んであげられなかったと、この善き母は、ずっと自分を責めているのだと思います。ケイコはケイコで、障害者以外の自分を、しっかり母に観て貰いたいのです。それがたまたま、ボクシングであっただけです。

岸井ゆきのが素晴らしい!運動神経や動体視力がすごくて、びっくりしました。ボクシングのシーンも様になっていました。売れっ子なのに、いつ練習したんでしょう?台詞がほぼない中、ケイコが何を思い何を考えているのか、「手に取るように」ではなく、見る人に委ねる演技が、とにかく秀逸です。「障害者以外の自分」に、ボクサーを選んだのは、彼女の人生に対しての熱量と、一致したからではないかなぁ。「器量」が大きいんだものね。

もうお爺さんと言っていい役柄の三浦友和がすごくいい!カッコ良くもなく渋くもなく、でもそれこそ、「器量の大きさ」を感じさせる会長でした。奥さん役は仙道敦子。超久しぶりに観ました。綺麗に年齢を重ねて、三浦友和とも実年齢に差があると思いますが、熟年夫婦の穏やかな絆を感じさせて好演でした。三浦誠己は、「母性」のドクズの夫から、誠実で熱意のあるトレーナー役に大変身。いい役者さんです。

ラスト、試合の後日、対戦相手がわざわざケイコを見つけ、「この間はありがとうございました」と、挨拶に駆け寄ります。さっきまで殴り合いをしていた相手と、ゴング終了のあと、お互い肩を抱き合い健闘を称え合うのは、ボクシングの醍醐味の一つと、聞いた事があります。この醍醐味は、私は障害の如何を問わないものだと思います。ケイコはジム閉鎖後、どうするのか?目を潤ませても、決して涙は流さないケイコ。その気の強さは、ボクシングに向いていると思います。

聴覚障碍者に対して理解も深め、かつ秀逸な人間ドラマでした。地味な作品ですが、ずっしりと手応えのある作品です。


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