ケイケイの映画日記
目次|過去|未来
8月末に観ました。感染者数も落ち着いてきて、さぁこれから映画館も再開!と勇んで観た作品。でもその直後に、左足の薬指を骨折して気落ちしてしまい、すっかり書くのが遅れました。作品は上々の出来で、老いたゲイの美容師の黄昏を、ゴージャスでお茶目に描き、人生の終着駅まで、哀歓たっぷりに突っ走ります。監督はトッド・スティーブンス。
元人気美容師でゲイのパット(ウド・キアー)。今は生活保護を受け、老人ホームで暮らしています。ある日昔の顧客だった富豪のリタ(リンダ・エヴァンス)の顧問弁護士が、パットを訪ねてきます。「リタが亡くなった。彼女の遺言で、死化粧はあなたにして欲しいと書いてある」と言います。かつてリタとはある理由から確執のあったパットは、長年仕事をしていない事を理由に、一度は断ります。しかし昔の写真を取り出した彼は、考えを改め、リタの元へと急ぎます。
ウド・キアーが、とんでもなくチャーミング!現在は没落の身もなんのその、威風堂々、卑屈さもなく、介護士にも毒舌で切り返し、全く媚びを売りません。そんなパットが何故確執のあった、リタの申し出を考え直したか?過去の写真を見返し、全盛時の自分の思いでの中には、常にリタの存在があったのを思い出したのだと感じました。
パットは威風堂々ではありますが、全然凛とはしておらず(笑)。リタの死化粧のための化粧品のお金がなく、弁護士に前金を頼むも、雀の涙くらいしか貰えない。「恵んでやった」的態度が気に入らず、入ったカフェで全額チップに使ってしまい、化粧品は万引きで調達。えぇぇぇ!(笑)。
しかし行く先々で、人様から好意を受けて、何とかなってしまう。施しではなく、人徳に見えちゃうんだな。それが端的に表れたのが、洋品店の女性店主との再会です。たった一度、奮発して高値の花だったパットに、カットをして貰った彼女との事を、パットは思い出しました。それも会話の細部まで。感激する女店主。どれだけ真摯に真心を込めて、相手に接していたかと言う証しです。彼の行動を観ていると、それは客だったからではなく、誰にでも分け隔てなくです。そして弱者により優しく、でした。
この作品は、一人の老人の過去を追いながら、それがゲイの歴史も描いている点が秀逸です。事実婚だったパートナーの死因はエイズ。当時不治の病のように言われ、ゲイ男性たちが迫害された記憶があります。パットが転落していった一因も、そこにあります。パットの客をさらっていった一番弟子が、「私が奪ったのでは、無いわ。あなたが捨てたのを、拾ったの」と、パットに告げます。そう言えば、劇中セリフで出てくる「ハミルカット」の考案者、須賀勇介氏の死因も、エイズだと言われていましたっけ。
パートナーのお墓標を抱き、涙にくれるパットの姿に、思わず貰い泣きしました。私は夫が死んでも、墓参りで絶対あんなに泣かないわ(笑)。人生も二人の間柄も、一番充実していてる時に、パートナーは亡くなったんでしょうね。子供を持てなかった二人だから、尚の事、「世界中であなただけ」だったのでしょう。
しかし、今は男性同士でも養子を迎える事が出来、公衆トイレで相手を探さずとも、スマホで相手を探せるのです。居場所のなかったゲイ仲間が作ったショーパブも閉店。そんな解放された現実を目の当たりにして、感慨深いパット。パット達が世間に自分を偽らず、頑張った成果が表れているのに、何だか一抹の寂しさを感じます。その物寂しさこそ、老いではないか?自分も初老となり、パットの憂いのある横顔に、自分の気持ちを重ねてしまいます。
女性は担当の美容師さんとは、長い年月付き合いを重ねると、客以上親友未満の間柄になるものです。私も子育ての時は、一分一秒でも時間を短縮したくて、回転の早い大型の美容院へ通っていました。いつも担当が違うと言う事は、いつでも一見さんと変わらない。子供も手を離れたので、変わろうかと思っている時に、知人が自分のお店を開くと言う。以来彼女のお店に通い、もう15年弱くらいでしょうか?腕も人柄も信頼しているので、日常のあれこれ、仕事や家庭の善き話も愚痴も、聞いて貰っています。
綺麗になって、癒されて。なので私はリタの気持ちがすごく解る。パットと確執を残したまま、あの世に行きたくなかったのですね。
スワンソングとは、アーティストの最後の作品、と言う意味だそう。人生の有終の美は、きっとパットとリタと、お互いがチョイスしたものでしょう。二人の心を、真に繋いだであろうリタの孫が、パットの靴に微笑んだラストも、湿っぽくなく、とっても素敵。素敵な人生賛歌でした。
実はワタクシ、地味にウドのファンです。あれは遠い遠い昔、「悪魔のはらわた」公開当時、スチール写真を見て、まぁなんて素敵な人なんでしょ!と、ときめいたのが最初。当時中学生でしたが、耽美的と言う言葉の意味は解っていなかったと思いますが、この美貌が比類なきものだとは、感じたんでしょうね。偉いぞ、当時の私(笑)。
面影は…あるよね!その後、美貌を生かす道より怪優道まっしぐらのウド、きっと主役としては、これが「スワンソング」だろうなぁ。ウド・キアー無くしては、この味わい深さは、出せなかったと思います。
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