ケイケイの映画日記
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監督は在日からは非難囂々の映画「血と骨 感想1」「血と骨 感想2」の脚本を書いた、鄭義信。「血と骨」は、親族・在日の知人で、マジな話、褒めた人がいない作品でした。私なんか腹立ち紛れに、罵詈雑言の感想を前後編で書いたくらい。しかし今回鄭義信はメガホンも取り、それをチャラにして倍に返してくれたような出来です。作品の完成度云々ではなく、ハートで観る作品。今回は日本の方にわかり辛い部分もあるでしょうし、解釈&感想のネタバレです。長文になると思うので、読んでいただく方は、好きな所だけお読み下さい(笑)。
大阪万博開催が程近い、兵庫県の伊丹市。その路地裏の一角に、韓国人一世夫婦の営む焼肉屋「焼肉ドラゴン」がありました。父龍吉(キム・サンホ)は、第二次大戦で日本兵として出征。片腕腕を失っています。再婚同士の妻英順(イ・ジョンウン)は、寡黙な夫に対して、常に声を張り上げる喜怒哀楽の激しい性格ながら、根は善良で情の濃い妻。長女静花(真木よう子)、次女梨花(井上真央)は父の連れ子で、三女美花(桜庭ななみ)は、母の連れ子。私立中学に通う末っ子の長男・時生(大江晋平)は、二人の間の子供です。賑やかに暮らす家族ですが、問題は山積み。今住んでいる土地は、国有地なので返却せよと国から言われ、時生は学校でいじめに遭い、梨花の夫となった哲男(大泉洋)は、静花に恋心を残したまま。この家族の昭和44年から47年が描かれます。
国有地を違法に占拠していると言う理由で、今にも潰れそうな家ばかりの集落には、ライフラインは完備されておらず、陳情でやっと共同の水道がついただけ。私は昭和36年大阪市生まれの在日。当時小学校二年生。下水道は完備しており、ガスはプロパンではなく都市ガスでした。周囲にはバラックの家もちらほらありましたが、この作品のように、ガスや水道が通っていない区域は記憶になく(プロパンはあり)、大阪市から近い伊丹で、このような場所が当時あったことに、少々びっくりでした。
立ち退きを要請する国に対して、父は断固拒否。理由は「醤油屋の佐藤さんから買うた」。多分騙されたのですね。登記簿や領収書の必要など、知らなかったのでしょう。寡黙で実直な父の口から、幾度となく繰り返される、「醤油屋の佐藤さんから買うた」の台詞には、胸が締め付けられます。
余談ですが、昨年親から譲り受けた実家の借地権を売却したのですが、地主である不動産屋さんからは、古い借地権で、こんなにきちんとした登記簿は珍しいと言われました。龍吉がこの土地を「醤油屋の佐藤さんから買うた」のは、終戦直後のはず。在日だけではなく、このような事柄は、日本の人にもたくさんあったのでしょう。
静花は哲男の気持ちを知っており、哲男からの求婚を断っています。事故が元で足を引きずっており、それには幼馴染の哲男が関わっているのですが、それが断った理由でしょう。哲男に負い目を追わせたくなかったのでしょう。彼女も哲男が好きなのですね。梨花もその事は知っているのですが、それでも哲男が好きだったのですね。哲男は例え義弟と言う形になっても、静花のために出来る事があれば、と思っての結婚だったかも。そんな結婚が上手く行くはずはありません。
梨花は仕事が続かず、ふらふらしている哲男を詰る。自分は勤めているのですから、妻として当たり前の事です。哲男は言い訳しませんが、彼は大卒。あの時代は、誰でもが大学へ行く時代ではなく、貧しいながら大学を出た人は、それなりに優秀であったろうと思います。しかし仕事には恵まれず不遇。そこには差別があったはずです。彼のプライドは満たされません。
しかし梨花はそんな夫を、「あんたは他の韓国人を見下してるんや!自分は違うて。そやから、仕事が続かへんねん!」と、俗っぽい言葉で夫を看破。当時の在日のたくさんの妻たちは、職場の差別から逃避しようとする夫を、首根っこ捕まえて説教していたはずです。多分優しく諭した人は、少ないと思います(笑)。
父はあの時代の在日の男性にしては、物静かで大人しい人。しかしその大人しさには、腕のない事や、様々な屈託を抱えているのがわかります。いじめがわかり時生が不登校になっても、学校を転校させないのは、そこが進学校だから。自分の今の不遇の一端は、学がない事だと思っているのです。そして、差別を乗り越えなければ、ここ(日本)では暮らしていけないと知っている。たった一人の男子として、姉三人に何かがあれば、実家に戻って来られるよう、立派に家を継いで欲しかったのでしょう。それは、自分の妻の哀しみを知っているからです。
陽気で気の強い妻は、癇癪を起こすと、「もう出て行く!」と家を出るのですが、意に介さない夫。「すぐ戻ってくる」のを、夫は知っています。だって帰る所がないのです。どんなに辛くて苦しくても、韓国に戻っても家はもうなく、この家にしがみつくしかない。なさぬ仲の静花と梨花を、自分の生んだ美花や時生同様、慈しむ母。豪快ですが、女性のたしなみはある人なので、梨花の不倫場面を目撃して、後ずさりして叱らなかったのが、不思議でした。しかし、美花が結婚前の妊娠を告白した時、「この恥知らず」と大暴れ。叱らない夫に「自分の娘ではないから、怒らないのだろう!」と食って掛かり、夫に怒られます。
遠慮していたのですね。上の二人の心配事には、「自分の子だろう!何故怒らないのだ!」と、夫の分まで怒っていた妻。一見図太そうに見えますが、いつもいつも繊細に、家内安全を願って切り盛りしていたと思うと、こみ上げるものがありました。私の両親も再婚同士。当時の在日は複雑な家庭が多く、韓国に本妻を残し、こちらで家庭を築いた人も多く、財産分与の時など、骨肉の争いになる事もしばしば。英順は、とても立派な良妻賢母であったと思います。
しかし時生は、転校をする事を許さない父に絶望。自殺します。衝撃でした。 この作品のナレーションは時生で、私はてっきり差別を乗り越え、医者か弁護士など、「先生」と呼ばれる職業に就くと思っていたから。それと謎だったのは、当時とは言え、私立の中学がいじめを把握し、教室の机に「国へ帰れ」と書かれているのを観て、放置するのかな?と言う事。
私も時代は下りますが、私立の女子校に通っていました。高校の時、とある授業で先生が、部落差別の話しをされました。自分の担任のクラスである生徒(A子)がクラスメート(B子)に、「あんた、部落の子やねんやろ?仕事聞いて、うちの親が言うとった」と、侮辱したのだとか。言われた子は寝耳に水で、親に問い質したところ、そうだと言う答え。しかし親御さんは、大ショックの娘に、何も恥ずべき事はない、胸を張って学校へ行け、A子にもそう言えと教えたとか。B子は親の教えを実践。しかしA子は親共々引かず、学校を交えての大騒動となったとか。先生によると、当然学校はB子側に立ち、A子に謝罪を求めるも、断固拒否。とうとうA子は転校したんだとか。
時生の母が、学校側へ掛け合った台詞も出ていたし、この辺はどうだったんでしょう?在日だと受験すらさせない学校もありましたが、夫の近所でも、今70過ぎの人が、名の知れた進学校に通っていたとかで、当時でも受け入れた学校はたくさんあったはず。受け入れるからには、このようなことは想定済みのはずで、この描き方には、謎が残ります。これで差別を強調したかったのなら、ちょっと違うのじゃないかなぁ。
美花の結婚相手を前に、父が語る人生の軌跡には、一緒に観た夫共々号泣しました。自分の親を重ねたからです。私たち在日が、一番言われて腹が立つ言葉が、「国へ帰れ」です。戦前の統治時代から日本に住んでいた在日が、何故解放後、韓国に帰らなかったのか?帰らなかったのではなく、各々の理由で帰れなかったのです。国に戻っても戦後のどさくさで家はなく、直後に起こった朝鮮戦争が拍車をかける。差別されて、地を這う思いをしても、腹を括って、この日本で生きていかねばならなかったのです。父は出征時は、日本兵でした。
父の語りで、何度も出てくる「働いて働いて働いて」の言葉。日本の人も同様です。しかし「働く」意味が違う。私の父は一代で会社を興しましたが、口癖は「日本人の三倍金を持たな、韓国人は仕事は出来ん」でした。日本人が10万で接待するなら、30万の接待。よそで30万で請け負う仕事なら、うちなら10万でやりまっせ。そうやって、仕事を取ってきたのです。
そして多くの在日は、日本の人がやりたがらない汚い仕事、辛い仕事をやって、私たち二世三世を育ててくれた。私たちは、統治と戦争の狭間の落とし子です。真面目に仕事をし家庭を持ち、税金も年金も納めて、微力ながら日本社会にも貢献しているはず。日本の人と何ら変わらない暮らしです。ワールドカップで、韓国と日本、両国応援するのは、罪なのか?韓国人としてのアイデンティティーを持ち続ける事は、反日ではないはずです。
立ち退きのための役人が来た時、大人しい父は、作中初めて感情を爆発させます。収めに入った子供たちが、それぞれ自分の伴侶と連れ立つ中、二人だけ残った夫婦。この描き方は秀逸でした。「私まだ元気よ。もう一人子供を産もうか?」と、夫の気持ちをなだめる為に冗談を飛ばす妻に、笑う父。あんたのせいで、息子は死んだ!と、詰め寄った日もあったろうに。妻たるもの、常に明るくなければと、痛感しました。家族は夫婦で始まり、夫婦で終わるのです。
静花は哲男と北朝鮮、梨花は常連客と韓国へ。美花は夫の親と同居。未知の世界へ旅立つ娘たちに、「バラバラになっても、自分たちは家族」との言葉を、娘たちの餞にします。優しい静花は泣きながら、気の強い梨花は笑顔で、母と抱擁する姿が、麗しい。ラストシーンでも、まだ笑わせてくれる母。老け込んだら、あかんで。私の一人くらい養ってや、と言う意味ですね。
とにかくキム・サンホとイ・ジョンウンが上手い!日本の役者でも上手く演じる人はたくさんいるでしょうが、魂レベルの演技です。この人たち、まだ50前なのに、何でこんなに上手く当時の一世を再現できるのか不思議。特にジョンウンは最強(笑)。あんなオバチャン、私の子供の頃は、いっぱい居ましたよ。「パッチギ!」のキムラ緑子にも唸りましたが、本場はやっぱりモノが違いました。
予告編では危惧した大泉洋でしたが、今もミスキャストだとは思いますが、意外と好演でした。大阪弁も上手かったしね。真木よう子は、いつもの彼女とは違い、情念を胸に秘め、長女らしさの良く出た演技でした。井上真央も、気の強い梨花の寂しさを、時には官能的な演技で好演。夫によると、食べ方に育ちの悪さ出て、良かったとか(笑)。桜庭みなみも、私は清純な彼女しか知らなくて、蓮っ葉な美花を弾けた演技で好演して、びっくり。一番在日らしく見えたのは、彼女でした。
苦言を言えば、焼肉屋が舞台なのに、料理があまり出てこなかった事。出てきても、あまり美味しそうに見えなかったし。私はゴマの葉の漬物が好きなのですが、出てこなかったので、昨日自分で漬けました(笑)。
笑って笑って泣いて泣いて観た作品。1を描けば10解る私と違い、日本の方々には、笑って貰うだけでもいいです。ついでに、一世は大変やったんやなぁと、思っていただければ、大変嬉しい作品です。
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