ケイケイの映画日記
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2018年06月30日(土) 「空飛ぶタイヤ」

いや〜、良かった!評判が良いようなので、観てきました。本当は全然期待していなかったのに。世間の中間層以下でもがく私たちや、仕事を持つ多くの人々の胸に、幾度となく繰り返す鬱憤に、この作品の主人公赤松(長瀬智也)は、たった一人で立ち向かうのです。これが共感せずにいられましょうや。監督は本木克英。

赤松徳郎(長瀬智也)は、社員80人の運送会社の二代目。苦しい経営に、先代からの番頭的存在の宮代(笹野高史)から、整備部門の社員のリストラを迫られています。そんな時、運転中の赤松運送のトラックのタイヤが外れ、息子と二人歩いていた母親(谷村美月)に直撃。彼女は死亡します。警察の査察が入り、事故車を販売するホープ自動車の調査は、赤松運送の整備不良と断定。世間からのバッシングや、得意先や銀行からの取引停止で、四面楚歌の状態に苦悩する赤松。しかし、宮代の持ってきた新聞記事の切抜きには、同じホープ自動車で、赤松運送と全く同じ事故がありました。単独調査により、徐々にホープ自動車のリコール隠しを確信する赤松は、大企業に向かい告発する決意を固めます。

どこでも実名で書いてあるから、いいのかしら?実話が元で、ホープ自動車のモデルは三菱自工。この事件の事は、本当にびっくりも怒りもしたので、とても良く覚えています。池井戸潤の原作です。企業小説で大人気の作家さんで、TBS系でたくさんドラマ化もされています。長尺の原作は連ドラ向きのはずですが、きちんと整理された脚本で、登場人物は多岐に渡るのに、それぞれの立ち居地がきちんとわかり、顔も認識できて混乱しません。展開も淀みなく、起承転結や山場のメリハリも出来ており、まずそこに感心しました。そして、誰が観ても、内容が解りやすい。ほどほどに登場人物の心情を掘り下げ、ナレーションに頼る事もしない。地味な部分ですが、完成度は高いです。

私が印象に残っているのは、週間文春や新潮がモデルのような雑誌で、リコール各誌の記事が没になってしまう下り。ホープ自動車は、財閥系のホールディング形式の会社の一つ。横槍が入り、グループ企業全てが広告を止めたら、雑誌が立ち行かないのです。想像付きそうなもんですが、私は描かれて初めて気がつく体たらくでした。巨大企業の権力の一端です。

かと思えば、系列銀行に有能で冷静沈着な行員(高橋一生)が居れば、融資は受けられない。なぁなぁで仕事が出来るほど、銀行は甘くないって事ですね。高橋一生は冷静沈着ですが、冷徹な印象はなかったです。悪代官のような行員、人間味のある行員、様々な銀行員が出てきて、リアルに感じます。

しかしこの作品の高評価の一番のポイントは、歯が立たない相手である大企業に、弱小会社の社長が、たった一人で立ち向かった事です。赤松が長い物に巻かれなかったのは何故か?運送屋として、社長として、人間としての誇りです。

赤松運送は取引先に屈辱にまみれ、頭を下げる。ホープ自動車内では、真に会社を思い内部告発をすれば、閑職や左遷に追い込まれる。世の中のあちこちで見かける情景です。怒りを胸に押し殺し、理不尽な要求に頭を下げた経験のない人は、いないでしょう。しかし赤松は、一筋の光さえ見えれば、全国を走り回り、リコール隠しの証拠を集めます。家族や社員を守り、被害者遺族に真実を伝えたい。それが赤松の人としての誇りであったはず。

一本気な赤松ですが、彼を慕い、たくさんの社員が倒産になるまで付き合うと言う。妻(深田恭子)も最大の理解者です。窮地には、その人の今までの生き方や人望・人徳が出るものです。そしてそれが、その人の支えとなる。たった一人と書きましたが、彼は一人ではありません。無念の思いで辞める社員を詰ることなく、「悪かった」と謝る赤松の姿は、顔の見える中小の社長として、立派だったと思いました。

主演の長瀬は、当初こそ中小企業の社長には見せませんが、だんだん社員思いの「親父さん」に見えてくる。決して上手くはないのですが、熱演だし存在感は抜群です。存在感と言えば、笹野高史。赤松に忌憚なく物を言い、叱咤激励を繰り返しながら、赤松に付いて行きます。良い意味で自分の身の程を知り、置かれた場所で最大限の力を発揮する姿は、大企業で働く人たちに引けを取らず、とても素敵でした。提案から間髪入れずの、「お幾らですか?」は良かったなぁ。

ビリング二番手のディーン・フジオカは、私は映画の彼は初めてで、アップになる度、まぁ男前だわと感激(笑・←長瀬智也的バタ臭い男前より、ディーンのような、お公家さん的顔が好き)。可もなく不可もなくでしたが、映画は足を運んで貰ってなんぼ。全体にドラマ版の演技巧者たちより、華と旬を取ったキャスティングでしたが、私は良かったと思います。

私の父は現在91歳。今は五人目の情の濃い優しい奥さんに手厚く世話をしてもらい、悠々自適です。私が子供の頃の父は、業種は違いますが、一代で赤松運送のような会社を経営しており、ちょうど事務所はあんな感じで、「社長室」もあんな感じ。とても懐かしかったです。今思えばタコ部屋でしたが、地方からの従業員のため寮もあり、三食付。家族持ちには社宅もあり、社会制度が確立していない45年以上昔の中小には珍しく、社会保険・厚生年金・労災も完備しており、株式にもしていました。

父の痛恨は、笹野高史みたいな番頭さんがおらず、私の母や自分の息子たち(私の異母兄)と険悪であった事。あんなにお金がざくざくあったのに、本当に徐々に衰退していき、最後は廃業。片や夫の実家は赤貧洗うが如しだったのが、両親の愛情たっぷりに育てられた4人の子供たちは、働くようになると、金銭的に両親を支えるようになります。姑はいつも「子供のお陰で、昔を思えば今は大金持ちや」と笑っていました。家族が元気で仲良く笑っていれば、何とかなる。これが両方の両親から得た、私の教訓です。

周りにはロクな人がおらず、窮地はいつも一人でくぐってきた父。本当に人徳のない親父やでと思っていましたが(そして五回も結婚している、子供にとっては、はた迷惑過ぎる親)、「社員や家族を必ず守る」と宣言した赤松を見て、父もそうだったのでしょう。偉かったのだと今更思いました。それが晩年の今の平穏に繋がっているのだと思います。人生とは、誰にも等しくプラスマイナスですね。

現在膝を痛めて、絶賛リハビリ中の毎日でして、鑑賞の当日は仕事休みでしたが、梅雨の晴れ間に布団を干し、タオルケットを洗い、シーツを洗い、病院に駆け込み、スーパーに買出しに行くと、実はこれしか時間が合わなかったんですね(笑)。優先順位下位でしたが、ふらっと近所のシネコンで見たのが、ヒット。遠出して小難しい映画もいいのですが、近場で気軽に元気を貰う。映画の醍醐味の一つだなと、再確認しています。


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