ケイケイの映画日記
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2018年01月31日(水) 「ジュピターズ・ムーン」




難民の少年が、空を飛ぶ力を得る、とだけの前知識だけで鑑賞。観る前はCGをふんだんに駆使し、華やかなりしアクションで魅了する作品、と想像していました。でも実際は終始緊張感と静寂に包まれた、厳かな作品でした。見た直後より、段々と後を引く作品です。監督はコルネル・ムンドルッツォ。日本では珍しいハンガリー作品です。

医療ミスにより、勤めていた病院を追われたシュテルン(メラーヴ・ニニッセ)。今は難民キャンプで働いており、違法に金を取り、難民を密かに脱出させています。そのお金を賠償金にあてて、訴訟を取り下げて貰いたいのです。ある日シュテルンの元に、瀕死の少年アリアン(ジョンボル・イェゲル)が運び込まれます。しかし彼は、負傷によって自然治癒と重力を操ると言う、不思議な能力を身につけます。訴訟のために大金が必要なシュテルンは、アリアンを利用して、一儲けを企むのですが、違法発砲でアリアンを撃った刑事ラズロ(ギェルボ・ツセルハルミ)が、自分の立場の保持のため、執拗に二人を追いかけます。

アリアンが宙に舞う姿を観て、病床で彼に安楽死を懇願する人もいれば、浮遊する彼に、お金を全部差し出す人もあり。空を飛ぶ=奇跡を意味するからでしょう。

キャッチコピーは、「天使か悪魔か?」。欧米では空を飛ぶのは、天使だとの認識があるそうです。それは観る人によって、答えが変わるのでは?祈りの境地にいる人には、天使。自分の地位を脅かされているラズロには悪魔。そしてシュテルンは?

アリアンの言動に触れるに連れ、段々とシュテルンは魂が浄化される如く変貌していきます。欲得でアリアンを守っていたシュテルンですが、二人の身の上に襲い掛かる出来事を潜り抜ける事で、次第に自分の医療ミスに対して謙虚な心が芽生えます。命からがら、生きている人もいるのに、その傍で観光やら社交ダンスのコンテストがある風景。世の矛盾です。シュテルンは、生来の傲慢さから、自分の人生で素通りしてきた事柄です。自分の身の上を嘆くばかりだった彼が、アリアンを通して、変化が起こったのでしょう。

アリアンと父が国境を越える姿は、壮絶な困難でした。何故か父は、落ち合う場所を確認するだけで、暴動の中息子の手を離します。最初は冷たい父だと思ったものですが、もしかして、父は息子が神より選ばれし、使命を持った子供だと知っていたのかと思いました。息子の手を離したのは、息子の足手まといになりたくなかったから。

自爆テロの顛末など、これはありそうだなと、報道の奥に潜む「何か」にも、今後気になると思います。

最初、浮遊していく我が身に戸惑いしかなかったアリアンが、その力を確信してから、優雅に力強く宙を舞います。その姿は神々しくさえ感じ、私には「天使」に見えました。彼自体も、変貌していったのでしょう。アリアンは救世主ではなく、観る人の心によって、世の中を変えるのだと思います。

これはこれで、神秘的で素敵な作品でした。ハリウッドで作ったら、きっと私の想像したような、もっとわかりやすい内容で、華やかな作品になるだろうと思います。これは希望したいなぁ。



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