ケイケイの映画日記
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2017年05月20日(土) 「マンチェスター・バイ・ザ・シー」




新聞の地方欄の片隅に載る様な、小さな事件。世間を揺るがすような大事件ではないけれど、当事者だったら、一生立ち直れないだろうと、やるせない気持ちにさせる、そんな事件に関わったのが、この作品の主人公リー(ケイシー・アフレック)。その絶望的なやるせなさを、暖かな眼差しで包み込み、傷口に手を添えて、かさぶたにしてくれるような作品です。監督・脚本ケネス・ロナーガン。

ボストン郊外で、便利屋として暮らすリー(ケイシー・アフレック)。心臓に重い疾患を持っていた兄ジョー(カイル・チャンドラー)が亡くなったと、知らせが入り、故郷のマンチェスター・バイ・ザ・シーに戻ります。離婚した兄には16歳の一人息子パトリック(ルーカス・ヘッジス)がいます。遺言書で、後見人はリーが指名されており、この町でパトリックを養育して欲しいと記されています。何も聞かされておらず、困惑するリー。彼にはこの故郷に、辛すぎる記憶がありました。

冒頭の楽しそうな、幼い頃のパトリックとリーのやり取りから始まり、現在と過去を交互に挿入しながら、リーの過去に何があったか?を浮き彫りにします。今のリーが、何故世捨て人のような暮らしをしているのかがわかると、同情と言うには生易しい感情に駆られ、深いため息しか出ませんでした。

父親の死にもすぐ立ち直り、チャラチャラ女の子二人を二股かけたり、バンドの演奏に精を出したり、そんなものか?と、こちらもやるせない気分にさせるパトリック。しかし観続けていると、彼も複雑な感情に苛まれているのがわかる。酒びたりで失踪してしまった母(グレッチェン・モル)でも、彼は母が恋しいのです。いつも正しい父に反発心があったのかも。それでも冷凍チキンにパニックになったり、漁師の父の船を売るのを断固反対する姿に、悲しみを見せないパトリックの、本心が隠されています。

別れた妻ランディ(ミシェル・ウィリアムズ)が、久しぶりにあったリーに、「私はあなたに地獄に落ちるような酷い事を言って、責め立てた。謝罪したいの」と泣きながら言います。責め立てずには、いられない事でした。ランディは、地獄の底から自分だけ這い上がった事に、罪悪感があるのですね。本当は二人で乗り越えるべきだったと思っている。見過ごしてしまいそうな「愛しているの」の言葉には、別れた事を後悔している彼女の気持ちが滲み、涙が出ました。

対するリーは、「そういって貰えて救われた」と言いますが、そんなの嘘っぱち。ずっとずっと責められる方がましのはずです。ランディが救われるように、そう言ったのでしょう。耐え切れず、分かち合うべき悲しみから逃げたのは、リーだったのじゃないか?しかし、誰が彼を責められようかとも、思いました。

観ていた段々、これは兄が弟に息子を託したのではなく、息子に弟を託したのではないか?そう思えてきました。それは、リーの寝室に、三枚の写真が飾っていたのを、パトリックが見入るシーンで、確信になります。今は一人ぼっちになったパトリックですが、彼は若い。若さには希望と夢がある。対する弟は?自分でけりを付ける前に、故郷から逃げてしまった弟に、もう一度過去を対峙させるために、後見人に選んだのだと思います。

冒頭で、5年から10年の余命と言われたジョー。故郷から逃げていく弟を見守り続け、自分が死んだ後、息子が金銭的に困らぬようにローンも残さず蓄財していたジョー。別れた義妹にまで話し相手になっていた彼。冒頭で死んでいく彼ですが、兄として父として、死後まで気遣っていたと思い至った時に、深い敬意の念が沸きました。そして弟もまた、病身の兄を気にかけることで、何とか生きていたのだと思います。この作品は、伯父と甥を描いていただけではなく、夫婦、親子、兄弟を描いた作品だと思います。

この作品でオスカーを取ったケイシーは、若い頃小動物系の可愛さがあり、その手の男性は青春期を過ぎると、その点が仇となり、役に恵まれなくなりますが(この作品にも出ていたマシュー・ブロデリクもそれ系)、ちゃんと大人の男性の魅力を身に付けたなと、感心。もごもご喋るのは今も昔も一緒ですが、快活だった故郷にいる頃と、虚無感に捕らわれた現在、困惑・絶望など、無表情で演じきって、最高の演技でした。

少ない場面で、絶品の演技を披露する安定のミシェル。内面の葛藤を演じるのは難しかったはずのパトリックを若々しく演じたルーカスも良いです。しかしながら、脇で私が一番目を惹いたのは、カイル・チャンドラー。FBIだったりCIAだったり、果ては大富豪だったり、そんな役柄のチャンドラーしか記憶になかったのですが、市井の誠実な人を演じて出色でした。死後まで存在感を漂わし、今までの彼で一番好きです。

ラストは、一見何も変わらぬ日常に戻るリー。それでも「家は引っ越すよ。もう一部屋、ソファーを置いて。お前(パトリック)が遊びに来るだろう?」と言う言葉に、彼もやっと少しずつ、過去から這い上がったのだと感じました。そのソファーは、兄が生前リーに与えた物です。人間らしい暮らしをするようにと。パトリックがやがて妻を迎え、子も連れてリーを訪れる時、リーの本当の再生が始まるんだと思います。

凍てつく風景が目に焼きつくマンチェスター・バイ・ザ・シー。その風景に相応しい厳しさに身を置く人々を描きながら、雪解けのような暖かさまでを描いている作品。オスカー関連は何作か観ましたが、私はこの作品が一番です。私の持論は、オスカーは脚本賞を取った作品が、その年一番良いと思っていますが、私の中で裏づけされて、ちょっと嬉しい気分。一生心に残る大好きな作品です。








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