ケイケイの映画日記
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2016年06月28日(火) 「ダーク・プレイス」




非難轟々の作品。ミステリーとしては、色々破綻しているし、その他魅力的なプロットも生かせていません。それでも私は、母親の愛について考察出来る、この作品が好きです。監督はジル・パケ・ブランネール。

カンザスシティの田舎町。38歳のリビー(シャーリーズ・セロン)は、30年前、実の兄ベン(若い頃タイ・シェルダン、現在コリー・ストール)が、母(クリスチナ・ヘンドリクス)と姉二人を殺害すると言う、忌まわしい事件の生き残りです。兄逮捕の決め手は、殺害現場を観たと言うリビーの証言が決定打でした。しかし実際には観ておらず、幼かった彼女は、警察の誘導尋問に乗ってしまったのです。現在定職もなく、支援金も底をつきかけた彼女に、声をかけたライル(ニコラス・ホルト)。彼は事件の謎を解く事を趣味とした人々の集まり「殺人クラブ」のメンバーでした。ベンが無実と信じるクラブは、リビーに協力を願い出ます。お金に窮している彼女は、仕方なく申し出を受けます。しかしこの事が、彼女を30年前に引き戻す事になるのです。

前半のうらぶれたリビーを描くプロットがいいです。美しいのに化粧気のない顔。男か女かわからない服装。敗れたTシャツやジーンズは、お洒落のためではありません。一人薄暗いゴミ屋敷になった家に住む彼女。新しい自分に生まれ変わろうとしては、過去に引き戻されてきたのじゃないかしら?はした金のために、自分の尊厳まで売るリビーですが、私は卑屈さより、哀れを感じました。

兄ベンとの対面場面も良いです。兄を憎み怖れながら、後ろめたさを見せるリビー。そんな妹に、純粋な愛着と包容力を見せる兄。しかし得体が知れない。30年ぶりに会った兄は、妹の想像する人ではありませんでした。これがきっかけで、お金の為ではなく、リビーは事件の真相を追うようになったのでしょう。
 
幼い頃の回想場面も良かった。鬱屈を抱え、怒れる若者でもなく、さりとて逞しく女たちを引っ張る大黒柱にも成れない、若き日のベンも描いています。家庭は女性ばかりで、居場所がない。もうじき見つかったはずなのに。ベンの逃避行先は、恋人ディオンドラ(クロエ・グレース・モレッツ)の元でした。

とね、前半はタイトル通りの、それぞれが別々の「暗い場所」で、もがく様子が描かれて、とても良いです。しかし、肝心の謎解きになると、一気にお安い二時間ドラマ的に収束しようとするので、すごく落胆しました。殺人クラブも面白そうな集団なのに、終盤まで全く出てこないし、あんなに親身になってこの家族を心配していた母の姉は、現在リビーと全く付き合いがないのは、何故?そして警察の捜査は、あまりに杜撰過ぎる。父親、友人の扱いも中途半端。その他諸々、真相の辻褄合わせの為だけの雑な展開で、本当にがっかりしました。

しかし視点を母に移せば、これは考えさせられる内容です。クズの夫とは離婚して、一人農場を切り盛りする母ですが、生活は困窮するばかり。シングルマザーの貧困問題は、国を問わないのでしょう。それでも朝、きちんと子供たちにパンケーキを焼く姿から、彼女の子供たちへの深い愛情が伝わってきます。夫のいない家庭で、息子に手を焼くのは、心細い事だったでしょう。息子の起こした事件で、母親の自分が至らないからだと姉に涙する姿には、思わず貰い泣きしました。

そして彼女の出した結論が、哀し過ぎる。私は絶対賛成できない事ですが、追い詰められて、袋小路に入り、この方法しか考えられなかったのでしょう。母として、自分に自信を無くしていたのも相まっての結論は、無責任だと誰も責められないと思います。プロデューサーも兼ねるセロンが一番望んだのは、この母の愛を、肯定的に描く事だったじゃないでしょうか?

今やハリウッド女優のトップと言ってもいいような存在のセロンが、今回とても地味に演じています。これも内容を浮かび上がらせるための、計算かな?私はクリスチナ・ヘンドリクスのお母さんが、一番良かったです。この人、確かバストが1メートルあるんですよね。なのにセクシー系ではないようで、聡明さと暖かさを感じました。そんな人が出した結論だったのが、余計哀しくて。
若き日のベン役のタイ・シェルダンは、期待の若手だそうで、それも納得の存在感。クロエは、う〜ん。次代を担う彼女がこんな汚れ役、しなくてもいいかなぁと思いました。綺麗な役ばかりしろとは言いませんが、この展開では、演じても損な役回りだと思います。

成人のベンの得体の知れない、そこはかとない怖さは、実は少年のまま時が止まってしまった、純粋さなのだと、ラストで理解出来ました。刑務所で勉学に励んでも、それを生かす場がないと、結局本当の大人には成れないのでしょう。

真相に辿り着き、事件のあった生家の前にいるリビーは、晴れやかで穏やかな、良い表情でした。「ダーク・プレイス」から抜け出した彼女のこれからの人生が、幸多かれと祈りたいです。


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