ケイケイの映画日記
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2015年05月04日(月) 「海にかかる霧」




紹介だけざっと読んで、面白そうだと選びましたが、劇場に入ってびっくり。オバサマ方で満員(笑)。新入りの乗組員役で、韓流スターのパク・ユチョンが出ていました(この手の事は全然わからん)。オバサマ方の発する独特の熱気に包まれながらの開演でしたが、オバサマ方には気の毒したような、猟奇的な場面が多々ある濃い内容で、韓国独特の因習や現在の世相も感じさせる秀作ミステリーでした。監督はシム・ソンボ。監督と共同で脚本にポン・ジュノが当たっています。

漁船チョンジン号の船長チョルジュ(キム・ユンソク)は、長引く不況と不漁続きで、金銭的困窮を極めていました。ついに以前から誘いのあった、中国からの朝鮮族の密航に手を染めます。しかし思いもよらぬアクシデントが連続し、船上は惨劇の場と化して行きます。

冒頭、乗組員同士が新入りのドンシク(パク・ユチョン)を助けながら、厳しい仕事をこなしていく様子が描かれます。底辺に居ながらも船長を敬い、それなりに団結力のある彼ら。悪人ではありません。チョルジュも同様で、乗組員に対して絶対的権力を持ちますが、暴君ではなく、むしろ彼らの生活面まで考えている。古参の乗組員がドンシクに「自分だけが(この中で)高校出ているからと、偉そうに!」と言いますが、それは他の船員は中卒だと言う事。今や韓国は大卒が当たり前の時代、高校すら出ていない、年も若くない彼らは、この船を廃船してしまえば、たちまち食いはぐれてしまうのです。犯罪である密航に手を染めたのは、船員を思っての事も一因だと思いました。

しかし一番大きかったのは、チョルジュ自身が、船の上でしか生きられない男だと言う事です。久しぶりに陸に上がれば、食堂を営む妻は間男と浮気の真っ最中。ここで一発二発、両方殴られるのだ思ったら、チョルジュは貧相な間男に雑言すら浴びせない。妻からは一方的に罵られる有様。びっくりしました。幾ら時代は変わったと言え、韓国の、それもまだ古い常識に囚われているだろう、田舎の中年男です。この不甲斐なさ。船を維持するため、妻は自分の経営する食堂も抵当に入れて銀行から融資していました。いつしか夫と妻の立場は逆転し、この屈辱にも何も言えぬ関係になったのでしょう。陸に上がれば干上がったも同然なのは、船長である自分も同じなのをわかっていたのでしょう。

自分に楯突く密航者に、問答無用で壮絶な暴力をふるい、「この船では俺が大統領で”父親”だ!」と、宣言するシーンがとても印象的。如何に妻には頭が上がらない関係であったのかも、忍ばれました。

チョルジュから相談のなかった船員たちの意見は二手に分かれます。年長と思しき甲板長や機関長の意見が通り、それなりに一枚岩になる様子は、やはり韓国だなと思わせます。

嵐の中、沖合で密航者がチョンジン号に乗り込む描写が迫力満点。本当に命がけで、失敗は許されない事なんだと、手に取るようにわかります。しかし、密航者の中に女性が数人いるのがわかると、優しげな甲板長は、露骨に嫌な顔をします。「女を船に乗せると不吉だ」。私は女は土俵に上がるな的な因習だと想像しましたが、即物的に女=セックスの意味でした。

溺れたホンメ(ハン・イエリ)をドンシクが命がけで助けたのは、彼の親切心だったと思います。しかしその後の親切心は?彼女が若い女性だったからだと思います。ホンメを演ずるイエリは、まぁその、美しくないと言うか。ええい、はっきり言ってしまおう、私は不細工だと思いました(←ごめん!)。その彼女に恋心を募らせるドンシクですが、これが陸でもそうなのか?と感じます。船の上とは、どんな女も魔性にさせるのだと思いました。それが「女は船に乗せるな」の意味なのです。

そして初印象で、華も無く不細工だと思っていたホンメを、何と私も段々可憐で清楚な女性に感じ始めるのです。これって船上マジックを描いていたのか?
イエリ、上手かったと思います。

そして思いもよらぬアクシデントが起こり、船上は凄惨な修羅場と化します。声のない阿鼻叫喚。この事柄から、船員たちの精神は平常さを失い、気の良い仲間であったのが、そこに”魔性”も加わり、それぞれが違う方向に暴走し始めます。船の上とは密室と同じなのだと感じました。

船を守るためなら、鬼にもなるチョルジュを演じるユンソクが圧巻。気性の荒い男であるのが、妻の前では小さくなる情けなさから一転、船上では首尾一貫「船長」であり続けます。常に血走った眼は、段々哀切から狂気に変わり、それと共に彼も変貌していきます。ユチョン君はこれが初映画だそうですが、素朴な青年の純粋さを失わなわず、泥臭いアクションシーンもラブシーンもこなし、相当頑張っていました。日本のアイドルも事務所がNG減らして、挑戦させてあげたらいいのになぁ。冒頭、出演者のメッセージがありますが、他の船員役の人たちも、それなりに端正な容姿から想像できないほど変貌していて、上手くキャラ作りをしていたと思います。

ラストは、色々想像できると思います。「九老」と言う場所での出来事は、
やはり船上は女を魔性にしてしてしまったと言う事なのかな?ラーメンに青唐辛子を入れる様子が切ない。茫然と見守るドンシクは、事の次第を悟り、やっと夢から覚めた事でしょう。

血生臭い場面も多く、濃霧や嵐の場面では、観ている私まで船酔いしそうになりました。そうそう、魚の匂いも感じたな。汚い場面も多いけど、韓国映画にありがちな過剰描写は意外と少なく、そういう点は賢く描いており、むしろ心理の怖さに焦点を当てたミステリーでした。お勧めです。


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