ケイケイの映画日記
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桜庭一樹の原作は、発表当時話題になっていて、内容もあらすじくらいは知っていました。「私の男」とは養父の事。男女関係にある父娘の、そのものずばりの描写もある割には、何故かそれ程背徳的な感情が湧かない。その事よりも、ずっと寂しさが心にまとわりつく作品でした。監督は熊切和嘉。
北海道の奥尻島を襲った津波により、10歳で震災孤児となった花(山田望叶)。遠縁の若い男性腐野淳悟(浅野忠信)が養父となり、養育することになりました。それから6年、高校生になった花(二階堂ふみ)と淳悟は、北海道の田舎町紋別で、二人暮らしていました。しかし街の名士大塩(藤竜也)は、二人の深い関係を知ると、花を別の家に引き取らせ、二人を別れさせようとします。その後ある重大な事件が起こり、二人は逃げるように東京に向かうのでしたが。
冒頭の震災のシーンが素晴らしい。大がかりなCGなど一切ないのに、その悲惨さや無念さが伝わってきます。年端も行かない子が、ペットボトルだけ抱えて放置されているだなんて・・・と、筋に関係ないところで、泣いてしまう私。花は泣かないのに。茫然自失状態なのに、無表情で横たわる遺体を蹴る花に、また涙。こんな時は、大人だって常軌を逸した事をしてしまうものです。それくらい彼女はショックを受けていたはず。多分それ以降の不道徳な展開に嫌悪感が湧かなかったのは、この時の花の孤独が強く印象に残っていたからだと思います。
凍てつく町の静けさと反比例するような、濃密な親戚や隣人との関係。賛美するでもなく否定するでもなく、それらを淡々と表現する雪深い街並みのロケーションが素晴らしい。残る印象は「険しい」でした。
淳悟の恋人小町(河合青葉)とのセックス場面は、まるで官能性も愛も感じないのに対して、淳悟の指を吸うだけで、粘ついた愛欲を感じさせる花。なのに女でもあり少女でもあり。どんなに淳悟とセックスに耽っても、彼女は少女であり続けるのは、何故なんだろう?「俺は父親になりたい」と切に願う、淳悟の気持ちがそうさせているのかしら?なら、本当にファム・ファタールなわけで。
そして花の「あの男は私の全てだ!」の絶叫の時に知らされる真実。震災現場での淳悟の何気ない言葉、あの禍々しい血の描写は、そういうことだったのかと、腑に落ちました。二人の間には濃密な、そしてただならぬ空気が漂い近寄れない。二人がどういう経緯で結ばれたのか、淳悟の背景になにがあるのか、わずかばかりの手掛かりに想像するだけでしたが、その息苦しさを絶妙にカバーしてくれたのが、雪の冷たさでした。前半は本当に息を凝らして見つめ続けたんですが。
東京に逃げてからが、雑。私は原作を読んで無いので推測ですが、10歳の頃の花の声で、「お父さん、キスしよう」と描かれます。と言うことは、その頃から二人は関係があったと判断しました。となると、性的虐待ですよね。大事件を起こし、愛欲に溺れる二人の家は甘いスイートルームなのではなく、まるでゴミ屋敷。自堕落の極みに、ここで初めて二人は罰を受けていると感じます。
この描写は良かったのですが、その後がいけない。ある人物が二人を訪ねてくるのですが、その後が一切描かれません。この作品はストーリー展開より、業の深い父娘の愛の行方を、感性で見る作品だと思います。しかしこの人物のその後を描かないのは、作品上で致命的だと思いました。原作ではどうなっていのか、気になりました。
二階堂ふみがとにかく素晴らしい!垢抜けない無垢な少女の放つ魔性っぷりに、もうクラクラ眩暈がしそうでした。雪深い道上で、淳悟にキスをねだるシーンが、私は一番お気に入りです。浅野忠信は、相変わらずセリフは一本調子ですが、存在感はたっぷりでした。藤竜也が好々爺の役なんだ〜と、時の流れを感じていましたが、「昔は大層モテた」と言うセリフにはにんまり。昔は本当に素敵だったんですよ。それくらいのサービス、あってもいいですよ。
後半の花は、成人して綺麗にお化粧して美しくなっています。少女の頃の無垢な魔性っぷりは影を潜め、代わりに年相応の知恵を感じさせました。自分の身の上に起こった凄惨な出来事、肉体の喜び、愛することの震えを、がしがし踏みしめて「なかった事」にしているような、花。選んだ男は凡庸な好青年。なかったことにするには、一番好都合のタイプ。対する淳悟は、「お前には無理だ」と、花ではなく男に告げます。しかし、もう花は戻ってこないとわかっているのでしょうね。
花は「なかった事」にしたい気持ちはあっても、決して忌まわしい出来事だったとは、感じていないと思います。父親から逃げたんじゃないと思う。堕ちていく「父」を救うのは、二人一緒に堕ちる事ではなく、自分が分別を弁えた大人になる事だと、花は思ったんじゃないかなぁ。こんな背徳的な関係でも、男は幼稚なままで、女は成長するもんなんだなぁ。それでも「私の男」は多分一生一人きり。でもその人には、悟られてはいけないことなのでしょうね。
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