ケイケイの映画日記
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今年のアカデミー賞で、「また」メリル・ストリープが主演女優賞候補となった作品。(ジュリア・ロバーツは助演女優賞候補)。メリルが上手いのは誰もが承知の事。でももう、いい加減にノミニーはいいじゃんと思っていたあなた!(←含む私)。本作を観れば、ひぇ〜、申し訳ございません!と、メリルに土下座して謝りたくなる作品。彼女以外も名のある俳優が大挙出演し、皆が皆感動する程上手いのです。お蔭で私の育った複雑な家庭環境と容易に重ねられ、わんわん泣きました。監督はジョン・ウェルズ。元は舞台劇です。
8月の暑いオクラホマ。父親ベバリー(サム・シェパード)が失踪したと、次女のアイビー(ジュリアンヌ・ニコルソン)から電話を貰った長女バーバラ(ジュリア・ロバーツ)は、夫ビル(ユアン・マクレガー)と娘ジーン(アビゲイル・ブレスリン)と伴い、久々に実家に戻ります。待っていたのは毒舌家で、家族中を傷つけていた母バイオレット(メリル・ストリープ)。早々に喧嘩が始まる中、父が溺死したと連絡が入ります。急の知らせに婚約者(ダーモット・マルロニー)を伴って三女カレン(ジュリエット・ルイス)も駆けつけます。バイオレット妹のマティ・フェイ(マーゴ・マーティンデイル)とその夫チャールズ(クリス・クーパー)、従兄弟のリトル・チャールズ(ベネディクト・カンバーバッチ)と、葬儀のため家族一同が久々に顔を揃えます。
冒頭、病み衰えてしわくちゃの姿で現れるメリルにびっくり。知的で物静か、老いまで味方につけた夫シェパードを相手に、猛々しくビッチに毒づく妻。何が凄いって、「醜い」のです。容姿だけではなく、心が荒み醜く朽ち果てた老齢女性の痛々しさに、まず圧倒されます。
長女は夫と別居中で娘は反抗期。次女は秘密の恋をしていて、三女は男出入りが激しく、今回の婚約者も怪しげ。叔母のマティ・フェイも、秘密(それも爆弾)を抱えています。夫の独白で「夫はアル中、妻は薬中」と出てきますが、何故この夫婦がそうなったのか、壮大な家族の諍いの中に、少しずつ小見出しに母に背景を語らせ、観客に紐解かせるように描かれています。
バイオレットは癌を患っていますが、それ以前から安定剤や睡眠薬・鎮痛剤など、薬を飲んでいたのではないかと思います。心臓までえぐるような言葉を娘たちに発したかと思うと、今度は老いや病など、己の弱さを全面に出し、哀れな母親を装う姿は、私の実母そっくりです。「ママ、ごめんなさい」と謝るバーバラ。親に泣かれたら、子供としては謝るしかないのです。
バーバラは生真面目で潔癖。自分に厳しく他人に厳しく。物凄くわかる。そうやって自分を律していかないと、常に嵐に航海しているような家庭で、溺れてしまうとわかっているから。私の父は四度の結婚離婚を繰り返し、バツイチだった実母は三回目の妻でした。6人兄妹のうち、私と両親とも同じなのは、すぐ下の妹だけ。浮気を繰り返す父、元がエキセントリックで情緒も不安定だった母とは、この映画なんか序の口の諍いが絶えませんでした。
兄二人を連れての再々婚だった父は、そのお礼かどうかは知りませんが、母の実家の経済的な面倒をみて、叔母三人は父が嫁入りをさせます。なのにいつもいつも自分の主張ばかりし、自分の実家でも夫の威を借り君臨する私の母。度が過ぎて、実家とも絶縁状態に。大きな秘密を知りながら、「私は自分が優位に立つ方を選び口をつぐんだ」とは、この作品のバイオレットの台詞ですが、なんて賢いのかしらと感動すらしてしまったわ。私の母とは大違い。きっと小見出しに「私は知っているのよ」と、ちらつかせていたはずです。
アル中で浮気を繰り返す夫に憎悪さえ感じているようなバイオレットが、何故離婚しなかったか?思い出の共有かと思いました。貧しかった生い立ち、子供に全てを捧げて育てた事(注:私の母も口癖だった。当たり前の事を偉そうに言うんじゃない)。何百回と(多分)繰り返す、話をうんざりしながら聞く娘たち。彼女の中では、やはり人生のパートナーは、ベバリーしかいなかったのでしょう。
当たり前の事をさも自分が偉かったように言われたり、自分に関係のない事を引き合いに出され、自分に近しい人の罵詈雑言(それも私には関係なし)を聞かされて。本当に辛いんですよ、聞かされる方は。バイオレットも私の母も、それは子供を服従させる事で、愛されることではないと、わからなかったのでしょう。
たった一度だけ、バイオレットが娘たちに初めて語ったであろう自分の母親の底意地の悪さ。私は母に愛されなかったから、子供を愛する術を知らないと。私の母も同じでした。父ベバリーもそう。何年間も狭い車で暮らした子供の頃の年月が、彼の人生に色濃く反映しているのだと思います。追いかけてくるその辛さからの逃避が、アルコールだったのだと思います。幼い頃両親に死なれ、親戚をたらい回しにされた私の父が重なります。人がそのような姿になったのか?そこには必ず理由があるものです。
心が満身創痍になり、とにかく逃げ出したかった実家。しかし少しのズレにも不寛容な自分に、バーバラは母を見たことでしょう。早くにその事に気づいた私は救われました。何故か?それは私が結婚して数年で、母が亡くなったからです。
私は幸いにも実家近くに住み、まだ若かった母のわがままにも付き合い、ガンの看病もし。二人姉妹だったので、バーバラのような感情を持ちながら、それを押し殺し、アイビーのように接していました。とある病気になったと告白するアイビー。何故バイオレットに言わなかったのか?とバーバラに問われ、「キズモノだと罵られるから」との返答には涙が出ました。姉の代わりに懸命に父母を支えてきたはずなのに、どんなにたくさんの言葉で、傷ついて来たことでしょう。うちの母親も絶対そう言ったわ。カレンの「私はママを愛しているわ」は本心です。三番目なので、ダイレクトに母の「毒」に当たってこなかったのでしょう。それなのに母より自分を優先させる様子は、三番目の特権です。
とんでもない事を仕出かした婚約者を庇うカレン。「人は完璧ではないの。誰でも過ちはある。姉さんのように白黒つけられる事ばかりじゃないわ」の言葉は、普通に聞けばとても寛容です。でもそれは、孤独を恐る心が言わせた言葉で、寛容さではないのです。罰せられるべき事も許してきたであろうカレン。自尊心のなさが男運のなさを招いているのです。彼女も両親から毒を受けているのですね。
叔母役のマーゴを含め、女性陣が100%役柄を観客に伝えるのに対し、男性陣が影が薄いかと言うと、さにあらず。ここに物凄く感心しました。シェパードは登場シーンが少ないのに、知性の中に物憂げな屈託を抱える様子は、母の語る若き頃の魅力の片鱗を感じさせます。大人しく地味な善人チャールズを演じるクーパーは、妻の尻に敷かれているように見えて、実は誰にも負けない夫としての器の大きさを持った人。素晴らしい!息子を演じるカンバーバッチは、いつものカッコ良さはどこへやらですが、負け犬青年の繊細な誠実さを演じて、印象に残ります。
そしてメイドのジョナを演じるミスティ・アッパム。傷つけあう家族を、ひとりひとり救い出す様子は、ネイティブアメリカンの差別を受けながらも、彼女が如何に愛に満ちた家庭に育ったかを、感じさせました。
私の母が亡くなったのは55歳。今から24年前です。生きていれば80前になる母は、どんなお婆さんになっているだろうかと思うこともあった私ですが、この作品を見て、心底母が早く亡くなったのは、子供孝行してくれたんだと、実感しました。
そして韓国に住む87歳の父は、すこぶる壮健。先日帰国していました。今は昔々に捨てたお妾さんに、手厚く世話をしてもらい、その人との間に出来た異母妹は、日本に帰国すると言うと、お小遣いをくれ、二人から一日でも長く生きてと言われているとか。「昔ほかされたのに、そんなに尽くしてくれる人、いてないで。感謝しいや」と私が言うと、「帰ったらお前にそない言われたと伝えるわ」と笑う父。あの嵐のような日々から、穏やかな父の笑顔や、「迷惑かけて悪いな」「ありがとう」等の言葉が聞けるとは、夢にも思いませんでした。六人の父の子供で、今も父と親子関係を継続しているのは、私とその子だけ。そして父親の子で、大人になるまで実の両親と暮らしたのは、私だけです。
仕事で祖父に会えなかった長男から謝りの電話がありました。「お祖父ちゃん、息子(腹違いの兄)には何千万もお金渡したのに、ほったらかしにされて、こんなに世話しているお母さんや韓国の妹は、何にもしてもらってないねんで。」と愚痴ると、「まぁええやんか。お母さんは人の道を全うしてるんやし、代わりにええ事が待っているで」。全くその通り。そうでございます。縁は切れても血は切れない。という事は、縁も切れないのよ。早くに亡くなった母も長生きしている父も、それだけで私に教えてくれる事がいっぱいです。願わくば三姉妹も母を赦し、本当の寛容さを知って欲しいと思います。それが彼女たちが幸せになる近道だから。
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