ケイケイの映画日記
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2013年08月22日(木) 「最愛の大地」

アンジェリーナ・ジョリー初監督作。ボスニア・ヘルツェコビナの紛争を舞台にした作品です。とても重厚で厳しい作品で、泣く事すら許して貰えないくらい、緊張感が持続します。しかし女性ならではの、細やかな表現もたくさんあり、その度に感情が揺さぶられました。アンジーの志を感じる立派な作品です。

民族間の緊張が高まるボスニア・ヘルツェコビナ。ムスリム系の画家のアイラ(ガーナ・マリアノヴィッチ)は、子供が生まれたばかりの姉レイラと三人暮らし。交際が始まったばかりのセルビア系の警官ダニエル(ゴラン・コスティッチ)とデートの最中、爆撃テロに合い、二人は難を逃れるものの、その後離れ離れに。四ヶ月後、アイラたちムスリム系の人間は、セルビア兵士によって連行されます。そこには将校として赴任していたダニエルがいました。昼は兵士たちの身の回り、夜は陵辱される女たち。しかしダニエルが手を回し、アイラはレイプはまぬがれます。ぎこちないながらも、恋人同士であった頃のような会話を交わす二人でしたが、ダニエルに転属命令が降り、それを機に、二人の運命はまた変わっていくのです。

この作品では、爆撃シーンや銃撃戦なども盛り込まれていますが、監督が特に力を入れて描いている暴力は、レイプです。当時二万人ほどの女性たちが犠牲になっており、それは兵士の性欲処理ではなく、軍の組織的な命令だったとか。セルビア人の子をムスリムの女性たちに孕ませ、もう堕胎できない頃に開放する。それはムスリムの誇りを辱めるだけではなく、効果的にムスリムの血を排除するためだったと言うのです。聞くだけで怒りで血が煮えたぎる気がしますが、監督はその表現に、「君は僕の所有物だと言ってあるので大丈夫だ」と、親切心から告げるダニエルの言葉に、後ずさりするアイラの足元を映すに止めています。

直接的なレイプ場面もありますが、痛ましいですが、それほど扇情的とは思いませんでした。一部に、セルビアだけが悪者として描かれていると言う感想を目にしましたが、将軍であるダニエルの父に紛争の起こりを語らせたり、レイプ場面も無機質に(それでも十分に被害者の心情は伝わる)描いているのは、一方的に描きたくはない、その配慮だったように思います。

ただ父親が語る内容は、息子には知らぬ事。こうやって親から子へ、あたかも自分が受けた傷のように、憎悪が受け継がれるのだと感じ、これが争いの根源でもあると感じます。

監督が描きたかったのは、普遍的な反戦の心だったと感じます。例えはダニエルは、当初は昨日まで友人だったムスリムの人々に暴行を加えることに疑問を持ちますが、次第にセルビアの将校として、勝つ事だけが至上と変貌していく中、アイラへの愛は立ち難いと、複雑な心を見せます。

所有物と言う扱いに心を閉ざすアイラ。それでも部屋に呼ばれ、二人だけの逢瀬を重ねるうち、心は和らぎます。しかし体は重ねても、二人共恋人同士には戻れないのはわかっているのです。そう物語るアイラの表情が哀しい。

一度は強制収容所から逃げたアイラですが、「複雑な事情」で、今度はダニエル専任の画家と言う名目で、彼の囲われ者となります。彼女を愛し続けてはいても、異常な環境の中、疑心暗鬼になり、時にはアイラに暴力的になるダニエル。しかしある目的を持っていたアイラは、一歩も部屋から出られない軟禁状態とも言える生活の中、ダニエルほど心は揺れません。

二人が部屋でダンスをするシーンが印象的です。事後なのでアイラは全裸。部屋を出て行くはずのダニエルは着衣。ダニエルがダンスに誘います。彼は愛する女の豊かな肢体を見続けていたいがため、あえて服を羽織らせなかったのかも。素直な笑顔はきっとそうなのでしょう。しかしアイラにとってはどうなのか?束の間の昔の恋人同士の出会った頃を思いだし、彼女にも笑顔が見えます。しかし男は着衣、自分は全裸。支配される者とする者。笑顔の中にも、決して愛し合う対等な男女とは成りえないのだと、感じていたでしょう。

こういった繊細な演出が随所に見られます。戦場下で性的に弄ばれた女性たちは、興味本位な目で見られがちですが、アイラや他の女性を通して、当時決して娼婦性を持って生きていたのではないと、監督は言いたかったのだ感じました。

アイラは被害者でもあり加害者ともなりました。ダニエルも、アイラの姉も。戦争とは結局そう言うものだと、その虚しさと辛さを、ダニエルとアイラの愛に込めて描いていたのだと思います。何もかも捨て、本当は身も心もダニエルに委ねたい。でも心の底を自ら凍らせてダニエルに接していたアイラは、どんなに辛かったでしょう。彼女の「ごめんなさい」には、その万感の思いが込められていたと思います。ダニエルの「俺は戦犯だ」の言葉はこそ、アイラの意を汲み、彼女への愛情を示す言葉であり、決して絶望からではないと、私は思います。そして自分を育んでくれた最愛の大地であるボスニアの地への、彼の贖罪だと思いました。

反戦映画であると共に、秀逸なメロドラマだとも感じました。とても力強い作品です。セルビアの誠実そうな兵士が、「もうじき妻に子供が生まれる」と微笑むシーンがありますが、それに同調してはいけないのです。彼もきっと、捕虜の女性たちを陵辱していたはず。それが平和のためだと思い込まされる怖さを感じなければ。そして軍事介入と言えば、いつもきな臭いものではないとも知りました。もっと早く国連が介入していれば、この紛争の終焉も早まったはずだと描いています。この辺は素直に受け取りたいと思いました。

この紛争で生まれた赤ちゃんたちは、どうなったのでしょう?アイラが強い意思を持ち続けられたのは、姉の赤ちゃんの事が影を落としているはず。「サラエボの花」「あなたになら言える秘密のこと」が、その後を描いているはずです。私は未見なので、是非観ようと思っています。




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