ケイケイの映画日記
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2013年04月11日(木) 「君と歩く世界」




現在フランスで一番ハリウッドな女優マリオン・コティヤールの、久々の母国での作品。両膝を切断した女性の、再起までの苦闘を描いていると思って観る向きには、肩透かしの作品でしょう。人間の本能を描いて、神々しいまでの生命力を感じさせる作品です。監督はジャック・オーディアール。とても良かったです。

シングルファーザーのアリ(マティアス・スーナールツ)は、五歳の息子サムを連れて、南仏に住む姉のアナを頼って居候します。ほどなくアナの紹介で、クラブの用心棒の職を得ます。そこで客同士のトラブルに巻き込まれたシャチの調教師のステファニー(マリオン・コティヤール)を助けた事で、知り合います。後日ステファニーはショーの最中の事故で、両足の膝から下を切断。絶望に打ちひしがれる彼女は、ふとアリに連絡を取ります。それがきっかけで、二人の交流が始まります。

冒頭電車の中で、お腹が空いたと言う息子のため、空いた座席から残飯を拾って食べさせるアリ。万引きもします。何てダメ親父!しかしあっけらかんと、悲壮感も屈辱感もまるでないアリの様子は、何だか妙な希望も覚えます。後から思えば、この冒頭は秀逸でした。その日の糧を稼ぐのに必死の姉夫婦が、弟と甥を迎える様子が温かい。

絶望の淵にいるステファニーは、何故一度会っただけのアリに連絡したのか?それは、戯れに男を誘っては突き放す。そんな暇つぶしに興じる彼女を、遠慮なく「売女のようだ」と言ったからでしょう。足を失ってからの彼女の周囲は、まるで腫れ物に触るよう。誰も今の現実を突きつけてはくれない中、自分の真実をさらけ出したかったのだと思いました。

案の定、アリは海辺にステファニーを誘うも、さっさと自分だけ泳ぎだします。しかし、その様子に、あろう事か、彼女は自分も泳ぎだすのです。かつては毎日浸かっていた水。久々に水と戯れる充実感を実感する彼女。出来ない事を数えるのではなく、出来る事があると知った瞬間でしょう。

足を失い、女性としての自信を失った彼女に、「やるか?」と聞くアリ。絶倫男のアリですが、自分がしたいのではなく、彼女に対する思いやりです。腕っ節が自慢のアリが、懸け試合の格闘技に出る事を一度は反対するステファニーですが、血が飛び散り、歯が折れる、その肉弾相打つ様子の強烈な生命力に、すっかり魅せられます。この頃から、急速に心身を回復させるステファニー。この様子は物凄く納得です。私の息子たちはラグビーをしていましたが、彼らが言うのには、吹っ飛ばされるだけではなく、その逆もとても爽快な気分なのだとか。セックスも格闘技も、共に生命あってこその本能的な快楽なのです。

車椅子はやがて義足に。義足を隠していたパンツの丈は、やがてクロプトパンツの丈となります。有りの侭の自分を曝け出した時、彼女はシャチと対面します。以前のように美しく上半身を動かす様子は、まるでバレエのようです。試練を乗り越えた様子に、思わず涙が出ました。

この作品では、辛いリハビリの様子は映しません。まるで一足飛びにステファニーが再生したように思えます。しかし、義足を作る時の屈辱的な姿や、一筋の涙、そっとトイレに行こうとする恥じらいの姿に、映さない向こうの過酷さを感じさせます。彼女は強く有りたいと、やせ我慢を続けていたのではないか?それが自分の運命を受け入れた、ハードボイルドなステファニーを作り上げたと感じました。

対するアリは、子供そのまま大人になったような男です。息子を迎えに行くのも忘れ、セックスにふけるような男ですが、別れた妻から子供を引き取ったのは、妻が麻薬を運ぶのに息子を使ったから。「唇にはキスしないで」と言っていたステファニーが、セックスの時自ら唇にキスするようになったのは、アリへの愛情表現です。それなのに彼女を置き去りにして、別の女と寝る鈍感さ。しかし自分の本能の赴くままの行動が、ステファニーに生きる希望を与えた事実。ステファニーは未成熟なアリに隠れた、器の大きな純粋さを、誰よりも実感していたのでしょう。恥じらう彼女を抱きかかえ、トイレに連れて行く時の彼が、私は一番好きです。


ステファニーに配慮のなさを指摘され、致命的に姉を傷つけたアリ。どん底の状態で彼が見たのは、目を背けていたのではなく、目にも入らなかった未熟な自分です。自分の持てる唯一の長所で再起をはかる彼。そこで起こった出来事で、格闘技以外で、アリは初めて血を流し骨折したはずです。その痛みには爽快さはなく、アリが本当に父親になるための試練だったのでしょう。そして体だけではなく、初めて心から異性を愛する意味を知る出来事だったのだと思います。「愛している」。平凡な言葉が、この未熟な男から発せられると、とてもカタルシスがありました。

マリオンは絶望の淵からハードボイルドに至るまでを、ほとんどノーメイクで熱演。外見は変わらないのに、心の変遷が手に取るようにわかります。マティアスは初めて観ましたが、アリと言う大人子供が、とても愛しく思えるのです。二人共超チャーミングでした。

骨折すると、再生する骨の周囲がカルシウムで強化され、以前より強くなるが、決して元の姿に戻る事はない、と言う独白がラストに入ります。新しい姿は、アリとステファニーそれぞれ。劇中ずっとアリの事を名前で呼んでいた息子ですが、アリの骨折が治る時、きっと「パパ」と呼んでくれるでしょう。



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