ケイケイの映画日記
目次過去未来


2013年02月20日(水) 「ゼロ・ダーク・サーティ」




女性監督として、オスカー史上初の監督賞を受賞したキャスリン・ビグロー監督作。主演のジェシカ・チャスティンが25日発表のオスカーで、主演女優賞にノミネートされています。凄惨な拷問場面からのハードな展開に、もし私が監督の才能があっても、この作品は作りたくないなぁ、ビグローはすごいわと感じていました。しかし見終わった後は、紛れもなく女性監督が選んだ題材の作品だと痛感します。ヒロイン・マヤの造形に、ビグローの思いの丈が投影されていると思いました。二時間半の長い作品で、遅々として進まぬ捜査の様子が大半なのに、一瞬たりとも目が離せず緊迫感の持続する作品です。

一向にビン・ラディンの行方がわからぬCIAは、分析官としての優秀さを買い、20代の女性マヤ(ジェシカ・チャスティン)をパキスタンに赴任させます。捜索は困難を極め、収穫も薄く数年が過ぎた時、マヤと親しい同僚女性ジェシカ(ジェニファー・イーリー)が、テロリストによって殺害されます。

冒頭すぐ出てくる凄惨な拷問場面に、居た堪れないマヤの様子を映します。しかしそれから何年もしないうちに、同じように捕まえたテロリストを拷問する彼女。知らず知らずに感覚が麻痺してしまうのでしょう。しかし同僚のダニエル(ジェイソン・クラーク)は、「アメリカに帰国願いを出した。捕虜の拷問に疲れた」と言います。毎日毎日暴力の限りを尽くし、心身を踏みにじる行為は、まともな人間ならば、拷問する方の心も蝕むという事です。

遅々として進まぬ捜索。たった一人のビン・ラディンの連絡係りを追いかけ、数年経つでしょうか?ビン・ラディンではなく連絡係りです。正直びっくりしました。CIAの調査はもっと無敵だと思っていました。上司には成果が上がらぬと叱責され、その上司はまた上から叱責。そして下に行くほど買収や拷問などの汚れ仕事、命を賭けた危険な仕事を引き受けているのは、テロも国家の名の元の諜報機関も同じなのです。

後述にマヤは高卒でリクルートされ、CIAに入職したと言います。これもびっくり。私はCIAは名門大学を出て志願したエリートばかりだと思っていました。テロに殺されたジェシカは三児の母。彼女の手柄を我が事のように喜び、誰にも見せないような屈託のない笑顔を、ジェシカにだけは見せたマヤ。思うに本当の恋も知らず、人生の楽しみも知らない若いうちから、「スパイ」の世界に入ったマヤにとって、普通の女性としての顔も持つジェシカは、姉であり憧れだったのかと思います。この頃から急激にマヤは変貌します。

ビン・ラディン邸が推定される材料の乏しさには、正直仰天しました。あれくらいで、名うてのネイビーシールズを投下し、何人もの犠牲者を出すことを推測出来る事を考えれば、無謀な行為です。マヤはビン・ラディンを見つけたら?の兵士の問いに「私のために殺して」と言います。国家や正義のためではなく、「私のため」にと。この言葉は強烈でした。当初拷問に神経を疲弊させていたマヤは、10年で変わり果てていました。これがCIAで仕事すると言う事なのでしょう。

ジェシカが殺されてからのマヤは、よりファナティックとも言える強固な意思を見せるようになり、やがては上司からも恐れられるような存在になります。しかし彼女のキャリアはビン・ラディンを追い続けて10年、成果の上がらぬ仕事しかしていません。仲間からもはぐれ、孤高とも孤独とも言える存在にいつしかなっている自分に気づきます。しかし不本意ではあっても怯まぬマヤ。段々これは、マヤはビグロー自身じゃないかと思い出します。

ビグローの作品は骨太でハードなアクション映画が多く、他の女性監督が、女性らしい優しい感受性、または子宮感覚と言われるぬめぬめした女性性を前面に出した内容の作品を作ることを思えば、異彩を放っていました。そしてスマッシュヒットはあれど、大ヒットと言える作品はなし。そんな彼女がオスカーを受賞と言うのは、人知れず重荷もあったかと思います。

受賞後ビグローが選んだのは、やはり彼女らしい題材の今作でした。男性社会のハリウッドに生きるビグローが、同じ環境のマヤに自分の信念とも言える、何があっても後退せずの気持ちを投影したと感じるのです。

ビン・ラディン邸襲撃の様子は、正直これもテロと同じだと感じます。無関係な人が何人も死に、怯えまくる女子供。目には目、歯には歯は、結局同じ次元に落ちるという事なのでしょう。

ビン・ラディン殺害確認後、「これはあなた一人のための飛行機だ。どこへ行く?」と聞かれ、虚脱感に包まれ涙するマヤ。「ハート・ロッカー」のラストで、見事な男心の本質を描いたビグローですが、今作では「鉄の女」に成り果てたマヤに、本来の繊細な女性としての感情を表すため、泣かせたのだと思いました。全編出ずっぱりのジェシカですが、これでオスカー逃がしたらどうしたらいいのか?言うくらいの力演・熱演です。是非オスカーを取って欲しいと思いました。

賛否両論の作品ですが、見終わった後の感想は、アルカイーダとCIAは、壮大な同じ穴の狢、これが私の感想です。そのために多くの人々が犠牲になる痛ましさを、強く感じました。決してCIAのプロパガンダ映画では無いと思います。



ケイケイ |MAILHomePage