ケイケイの映画日記
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2013年02月12日(火) 「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日(2D字幕)」

びっくりしました。想像していたのと全然違う映画でした。虎と人間が海に放り出されて漂流して、一緒に227日過ごすなんて、有り得ないでしょう?なので、陸へ生還するまでを、「野生のエルザ」風に、虎と人間の心が通う描き方なのかと想像していていました。確かにそう言う部分もなきにしもあらず。しかしこの作品は、ある仕掛けがあり、そこで唖然とするのですが、再び虎とパイの漂流生活を思い浮かべると、あれもこれも、そういう事だったのか・・・と、一層深く感じ入るようになります。荘厳で崇高な作品。とても感動しました。監督はアン・リー。今回チョイネタバレです。

カナダ人作家(レイフ・スポール)は、小説を書くため、インド人のパイ・パテル(イルファン・カーン)の家を訪れます。そこでパイが体験した、驚愕の冒険を聞くことになります。パイは16歳の時、動物園を経営している父や家族と一緒に、動物ごとインドからカナダへ移住することに。しかし渡航の途中で嵐に合い船は転覆。家族の中で彼だけが救命ボートにしがみつき、助かります。リチャード・パーカーと名付けられたベンガルドラと共に。以降227日、パイ少年と虎の海上での生活が始まります。

結構丹念に少年期のパイ(スラージ・ジャルマ)の生活が描かれます。私が興味を持ったのは、ヒンドゥー教、イスラム教と信仰を持つパイが、キリスト教にも興味を持ち、生活に入り込んでいる事でした。日本ではクリスマスを祝い、お正月に初詣など普通ですが、他の国では必ず信仰は一つ、複数は有り得ません。しかしこれには意味がありました。そして良き両親に恵まれ、良き家庭であると印象づけ、パイは育ちの良い聡明な少年であると認識させます。

漂流開始以降、虎との共存なんて危なくて出来ないので、パイはボートを虎に乗っ取られた形となり、手作りの筏のようなものを作り、そこで過ごします。いつまで経っても恐怖と緊張しかありません。しかしパイの独白で、「リチャードがいてくれて良かった。緊張感のせいで、孤独を感じる暇がなかった」と語るのに、ハッとします。リチャードがいなければ、照りつける太陽を防ぎ、大の字になって眠れ、体力を与えてくれたでしょう。しかしその先の壮絶な孤独は、防ぎようがないはず。この物の捉え方に、私はとても感銘しました。

この心の在り方は、パイなりに三つの信仰から得たものだと思うのです。生きるためには、ベジタリアンである彼が魚を取り、虎にも分け与えます。これは戒律の一つを破っているはず。しかし宗教とは、あれこれ抑圧するものではなく、災難が降りかかって来た時、折れない心を与えるものであって欲しいと、私は思います。わざわざパイを三つの宗教を信仰する設定にしたのは、神は一つである、宗教の行き着くところは、同じはずだと言いたいのだと、取りました。

パイが一つ一つ難儀を乗り越え、会得する様子は、神の与えし試練を不承不承受けているのではなく、あれも試み、これも試み、積極的に戯れているように感じました。心折れることなく頑張るパイに、それでも神様は一つ一つ剥いでいく。最後に残った彼の知恵と文明の証である日記が風で飛ばされた時、いつまでこの聰明な少年は神に試されるのかと、パイと共に私も絶望します。そして絶望の果てに死を覚悟し、初めて心から寄り添うパイと虎。あんな大海にボート一つ、それでも数々の物がパイから奪われる様子を観ていた私は、人とは身ぐるみ剥がされて何もなくなり、生まれたままの姿に近くなった時、始めて真実が見えてくるのだなぁと、ここでも感動しまくります。

死を覚悟した彼に、神が用意したものは?私は生きる力だったと思います。それがあの島だったと思えてなりません。

そして話が終わり、ある仕掛けが語られ、唖然とする私。しかしパイは、作家に「どちらのお話が良い?」と聞くと、即座に作家は満面の笑顔で「虎!」と言い切ります。私も虎!この時咄嗟に私が浮かんだのは、大好きな大好きなジョージ・ロイ・ヒルの「リトル・ロマンス」でした。

家庭に厄介なものを抱えたローティーンの少年少女ダニエルとローレンが、夕暮れ時にためいき橋でキスする二人は、永遠の愛が誓えると言う言い伝えを信じ、フランスからベニスまで行こうとします。しかしこの言い伝えは、チンケな詐欺師の嘘とわかり落胆する二人。しかしローレンが、この言い伝えに賭けた真剣な気持ちを大泣きしながら語るのを聞いた詐欺師は、二人のため、一世一代の善行を働きます。「信じれば、嘘も真実になるのさ」。

ダニエルとローレンは、もう会える事はないでしょう。それは年齢が重なれば、もっと理解出来るはず。でももしかして、もう一度会えるかも?その気持ちは生涯抱き続けるはずなのです。それが「希望」です。大切なのは真実ではなく、その過程で自分が咀嚼し、心の糧を得る事なのだと思います。

パイと虎の物語も一緒。どちらが希望が湧き、人生の指標となる出来事なのか?大切なのは、その事なのだと思います。だってパイが自分の数奇な体験を、生きる糧にした、それは「真実」なのだから。

「虎はあなただ」と、作家は言いました。だから去る時、パイは泣いたのですね。あれは虎と暮らした227日と共に、彼の少年期が幕引きとなり、大人になる惜別の思いなのだと思います。パイの父は「虎とは友だちにはなれない」と言いました。なってはいけないのです。だから虎は振り向かない。パイが虎になったのは、227日だけ。生還したからには、生きるために殺した魚に涙する、本来のパイに戻らなければならないのですから。

荒くれた海上のスペクタルシーンや、幻想的で美しい自然のシーンなど、映像的にも見所がいっぱいで、やっぱり3Dにしとけば良かったと、後悔しました。時間がなかったんですよー。実を言うと、優れた映像作家だと認識はしているものの、アン・リーはそれほど好きな監督ではありません。全部観ているわけじゃないけど、手放しで好きな作品は、「ウェディング・バンケット」だけです。でもこの作品は、二番目に好きなアン・リー作品となりました。




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