ケイケイの映画日記
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2012年01月21日(土) 「哀しき獣」


「チェイサー」が素晴らしく面白かったナ・ホンジン監督の二作目。前回同様、主役にはハ・ジョンウとキム・ユンソクを配し、今回は攻守交代の役どころです。とっても面白かった!でも面白かったからこそ、この監督は相当力量があるのだと知るからこそ、不満な点もありました。それは後ほど。

中国にある延辺朝鮮族自治州。ここには多くの朝鮮系中国人が住んでいます。タクシー運転手のグナム(ハ・ジョンウ)もその一人。妻は韓国へ出稼ぎに行っていますが、現在は送金も途絶え音信不通。韓国へ密航の際に作った借金を、博打で返そうとしたグナムですが、借金は返って膨らむばかり。ある日ミョン(キム・グンソク)と言う裏社会の顔役が、グナムに韓国での請負殺人を依頼。その金で借金を返せと言うのです。切羽詰ったグナムはそれを承諾。妻の所在も突き止めたいのです。韓国に渡りターゲットを見つけたグナムでしたが・・・。

朝鮮族については、存在は知っていました。最近では脱北者の潜伏先としてドキュメントでも取り上げられていますね。どんな暮らしぶりかは知らなかったのですが、どうも中国人からは差別されている様子。彼らは国籍は中国です。しかし中国人相手には中国語を話しますが、自分たち同士は韓国語。もう二世以下の世代はなっているはずです。この辺、家でも外でも日本語で通す、と言うか日本語しか話せない私たち日本育ちの在日とは、かなり異なります。薄汚くて暗い家の中の様子は、グナム=朝鮮族の貧しさを描写していると取りました。

命からがら韓国へ密航してからは、怒涛の展開です。殺人や人の尾行などした事のなかったはずのグナムが、私立探偵さながら、全く知らない土地で、住所を頼りにターゲットを見つけ出します。それまでの描写からは信じられない、グナムの火事場の馬鹿力的クレバーさは、死にたくないという本能的なものなのでしょう、綺麗事ではない生への執着です。

予想外の事に出会し狼狽するグナム。ここからターゲットの友人のキム(チョ・ソンハ)が暗躍し、裏社会の大物ぶりを暴力的に披露するミョンまでもが、グナムを追いかけます。この辺から見ているこっちも、グナム同様、謎ばかりで混乱します。しかし血で血を洗う暴力描写と、「チェイサー」同様、走って走って走りまくるグナムの姿に、馳走感と妙な爽快感すら覚えます。もう謎なんか、どうでもよくなる。薄汚く野蛮な朝鮮族であるミョンと、表の仕事を持つ紳士然とした韓国人のキム。同じく裏社会の人間ですが、これも対比になっているのでしょう。この暴力描写で魅せるのは、これからホンジン監督の作家性となっていくのでしょうね。















                                                                                                                                                                                                                                                                                                                  


これが素顔のユンソク(左)とジョンウ(右)。一番上の画像とはだいぶ違う模様。今作では見事な化けっぷりで底辺でもがく人間=グナムと、輝く人間=ミョンをくっきり演じています。ジョンウも素晴らしい熱演を見せるのですが、今回は得体の知れないモンスター的怖さと、大陸的なユーモアを兼ね備える闇の大物っぷりが、とても魅力的だったユンソクが光っていました。とにかく死なない。でもこの男だったら、ありかもなぁと、妙に納得させられるのです。

脚本はあれもこれもと盛り込まず、もう少し的を絞る方が良かったかも。とにかく勢いで魅せたのですから、こじつけのような謎解きは必要ないと思いました。へまをしたキムの部下の扱いも雑。韓国女性の貞操観念の低下も匂わしていますが、それも不要。描きかったら、また別の機会にお願いしたかったです。

で、私が不満なのは、せっかく朝鮮族をモチーフにしたのだから、もっと掘り下げて欲しかったです。監督は朝鮮族の事についてほとんど知らずに成人し、何かのきっかけで知り、描いてみたいと思っていたのだとか。「チェイサー」で挿入しようとしたけど、膨大になり過ぎて止めたのだとか。

もう国籍は中国で、彼らには見た事も行った事もない韓国。それを未だに自分たち同士の公用語として使うのは、便宜以上の何か理由があるはず。または屈託や郷愁でしょうか?私も同じ立場だから、そこが知りたいのです。ターゲットがグナムを見つけ、そのみすぼらしい形から、「朝鮮族か?」と訪ねます。幾ばくかの施しをするのを、私は温情だと思いました。しかしラストを観ると、それは捨て猫に、その場限りのミルクをやるのと一緒だったのですね。彼らにとっては屈辱です。生まれ育った中国で差別され、自分のアイデンティである国では人間扱いされず。しかし行き場も居場所もないその苦悩や怒りが、イマイチ見えてこない。もしかして、したたかさが肥大してミョンになった、と言いたいのなら、それは違うと思うし、韓国本土の人間が描く朝鮮族としては、失礼だと思います。

この苦言は、ナ監督が、これから韓国映画界を背負って立つ逸材だと思うからの苦言です。幸か不幸か、韓国は題材には困りません。社会性に富んだ娯楽作の傑作を期待しています。




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