ケイケイの映画日記
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面白い!本当に面白い!バイオレンス、セックス、スプラッタを、超過激描写でこれでもかこれでもかと見せながら、内容は意外なほど真っ当な、人生についての教訓や苦悩です。ミニシアター系で上映されているのでね、エログロをモチーフにしたアート系作品と思われるかもですが、全然全く。極上で過激な娯楽作です。監督は園子温。恥ずかしながら、この監督初体験です。
静岡で小さな熱帯魚店を営んでいる社本(吹越満)。妻妙子(神楽坂恵)は年若い後妻で、思春期の娘美津子(梶原めぐみ)とは折り合いが悪いです。ある夜自宅に電話がかかり、美津子が万引きしたとスーパーから電話が入り、駆け付ける社本夫妻。全く反省の色のない美津子の態度に、事態が大きくなろうとした時、助け船を出したのが地元で社本とは比べ物にならないほど大きな店を営んでいる村田(でんでん)。それが縁で付き合いの始まった社本ですが、人の良さそうな村田は、実は裏では詐欺を働き、被害者を殺害。その遺体はバラバラにして跡形もなくするという、とんでもない顔がありました。
冒頭味気なく冷たい社本家の夕食風景が描かれます。ご飯は全部冷凍食品。会話もなく娘は携帯をいじりながら食べ、食事の最中でも呼び出しがかかれば出ていきます。なんだこの亭主は?と、びっくり。妻にも娘にも全く躾が出来ていません。妻の服装は常にボディぴったりで、大きな胸を強調するミニ。きっとあれもこれも不満なんだなぁ。「わらの犬」のスーザン・ジョージみたい。しかし以降作中で描かれるこの妻は、決して性悪ではありません。年の違わない娘に虐げられ、守ってくれない夫に愛想尽かし気味ですが、夫への愛情も感じるし、娘とは表面だけでも上手くやっていきたいのです。多分素人女性がする稼業ではなかったでしょう、男も騙したり騙されたりして、やっと手にいれた平凡な妻の座を守りたいという風に感じました。耐える姿が哀れを誘います。
ハイテンションで馴れ馴れしく、厚かましい村田に困惑気味の社本。恩人なので申し出も無下に断れず。居心地の悪さを感じるも、年若く妖艶な村田の妻愛子(黒沢あすか)が、常識的で夫の欠点をフォローするので、ますます相手のペース。この様子が圧巻でね。私は常々詐欺に遭うのは、同情は出来ても被害者にも隙があるからと思っていました。でもこれ観てたら違うのね。隙なんか与えない。とにかく押せ押せのイケイケドンドン、こちらの思考は停止させられます。普通の人は断るのは無理。隙と言えば娘の万引きですが(これは些細じゃないけど)、日常の些細な隙は誰にでもあるもの。詐欺師ってそれを見逃さないのですね。獲物として目をつけられたら最後なんだわ。実に勉強になりました。
畳み掛けるように自分の人生観を社本に吹き込む村田。「お前に愛はあるか?みんなで幸せになるんだよ!」と、恫喝に近く喋りまくる村田。甚だ自己中なんですが、「お前は妙子や美津子が死んだら泣くか?!」「はい・・・(社本)」「吉田(被害者)が死んだら泣くか!?」消え入りそうに「いいえ」と答える社本。「そうだ、それでいいんだ」と破顔一笑の村田。おいおいおい!でもそれはそうだと納得してしまう私がいるわけ。
世の中には後世に残る偉人がたくさんいますが、押し並べて家庭は二の次三の次。世の中のためという大義名分のため、家族は犠牲を強いられるのは、私はこの年になっても懐疑的です。だったら結婚しなければいいじゃない。そういう視点から観ると、村田という男は他人には鬼畜でも、家族には最愛の人になり得るわけです。事実共犯だけではなく、村田は妻愛子を人生の大事なパートナーとして、彼なりの論理で、がっちり守っています。
愛子も妙子も親ほど年の違う男と結婚しているのは、ファザーコンプレックスのようなものがあったかと想像しました。私は今も健在ですが、父親とは縁が薄く、同じ屋根の下に暮らしていても、関わりはほとんどありませんでした。なので年若い結婚だったこともありますが、夫は8歳年上です。殴られながら「ありがとうございます」「もっとぶって」。どんな強引な方法でもいいから、相手から自分の居場所を作って欲しい妙子。それが更に発展すると、愛子のように自分の命を賭けて、己を守ってくれる相手を探し求めるようになるのじゃないか?一見受け身のようですが、これが彼女たちには相手の愛を確かめる方法なのでしょう。二人の違いは、たまたま選んだ男の違いのように感じます。
家族の軋轢は自分の不甲斐なさのせいなのに、見て見ぬふりの社本。時間が解決するはずだと、嵐が去るのを待つタイプ。実際優しく誠実。妙子もそういう平凡な安定感に魅かれたのでしょう。しかし裏を返せば、大黒柱として舵取りが出来ず、妻や子に不満や鬱積も問えない情けなさです。自分に男としての自信がないのですね。
村田の顧問弁護士(渡辺哲)も村田と同年代、60代前後でしょう。二人とも男としての生々しく毒々しい人生観は、社本のそれの比じゃないです。どうしようもない四面楚歌に追い込まれ、屈服・服従する社本。嬉々として男としての生き方を、威嚇しながら洗脳しようとする村田。もうあれですよ、アニマル浜口の「気合だ!気合だ!気合だ!」に、アントニオ猪木に一発張られて、「ありがとうございました!」の世界。
そこで男に目覚めた社本はどうするか?あの映画この映画で同じような変遷を観てきたはずなのに、私はものすごく爽快でした。あの場面で男の本能が覚醒するというのは、凄く納得出来てしまう。とにかくそれまでの社本の耐え忍ぶ姿がサスペンスフルで、ずっと静々とドキドキしていたのが、これで思いっきり感情が弾けていいのね!となるので、こっちもすごいカタルシスなわけ。
社本も背景は語られませませんが、育った家庭に恵まれていたとは思えませんでした。妻の死後たった三年で後妻を迎え、娘にエロ親父呼ばわりされ嫌われますが、どうしても夫婦揃って子供のいる家庭が欲しかったのだと感じました。娘の気持ちは無視する時点で、親としてはバツ、自己満足です。自分の満たされなかった部分が、もう欠けるのはいやだったのかも。
これが男だ!とばかり、社本に教育的指導をする村田ですが、彼も父から虐待され、それを母は救えなかったと、のちのちわかります。正しい父性に恵まれなかったがため、自分の辛かった過去が影響し、他人を不幸にしても自分が家族を幸せになるのが男の務めだと、歪んだ人生観が作り上げられたのだと感じました。この作品のテーマの一つは、「父性」なんじゃないですかね?
最後に娘に向かい、「人生ってのはな、痛いもんなんだよ!」と絶叫する社本。しかし返ってきた娘の言葉には落胆する私。娘には痛い人生を送らせたくない、命懸けの父親の言葉も娘には届かず。まぁ痛い人生を送って、悟ってもらえればいいか。監督は今の自分の気持ちを正直に映画に託したんだと思います。父性に対して、まだ自分の中で迷いがあるのでしょうね。
吹越満は私は大好きな人で元々芸達者ですので、過激な内容でもすごく安心して観られました。全く文句ありません、花マルの好演でした。各方面から絶賛のでんでんですが、正直私、この人のこと上手いと思った事はないです。この作品でも、長台詞を良くこなしたなというくらいで、終始ずっとがなっていただけです。しかしその心に響かない、下手でも上手くもない演技が、返って怪物的な村田の存在感を底上げしたのですから、これは抜群のキャスティングだったと思いました。
圧巻だったのは、黒沢あすか!どの作品でも結果をきちんと出せる人ですが、妖艶に微笑んで、嘘泣きして、人殺しして、体中血みどろになって、裸になって、ファックして、気も狂ってと、どれもこれもが素晴らしい演技!結婚しているのは知っていましたが、聞けばお子さんも三人いるとか。彼女くらいのキャリアなら、無理して演じなくてもいい役です。自分の人生を全てさらけ出す様なお芝居をして、演技開眼する女優さんはたくさんいます。でも黒沢あすかは、自分の人生も私生活も微塵も感じさせず、愛子というバケモノ女を演じきったわけです。本当に彼女には感動させられました。これぞプロの女優です。
黒沢あすかに比べれば、まだ人生を出し切った状態で演じたであろう神楽坂恵み。それも女優さんとしては立派な事です。キャリアの薄い人なんでしょう、私は初めて観ました。自分の引き出しに何もないところから作り上げるのは大変だったはず。その切羽詰まった崖っぷちの思いを妙子にぶつけ、彼女にも心が動かされました。
遺体処理の生々しい場面、繰り返される暴力描写、リアルでインモラルなセックス。ありとあらゆる普段目にできない描写がてんこ盛りです。しかし内容は、解決しなくちゃならない心配事や苦悩から逃げ回っている自分を、社本の中に観る人は多いはず。私もそうです。それを解決せず踏みつけにするとどうなるか?一瞬の隙につけこまれたら、私もこうなるの?もうホントにサスペンスフルで普遍的な内容です。ちょっと過激すぎるんですけど、出来れば好事家以外の、一般の方にも観ていただきたい作品です。
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