ケイケイの映画日記
目次過去未来


2010年02月24日(水) 「カティンの森」




やっと観てきました。戦争を題材にした作品は気が重くなるので、ただいま必死に仕事の勉強中の私には向いていないんですが、監督のアンジェイ・ワイダの背景と年齢を考えると、とても尊いものを観たと感じ、やはり観て良かったです。

1939年9月。ポーランドはドイツとソ連の密約によって、両方の国から分割占領されてしまいます。主に軍人や技術者はソ連の、教職者や文化人はドイツと、それぞれ捕虜に。アンジェイ大尉とその妻アンナと娘ニカ、アンジェイの同僚イェジ、大将と大将夫人ルジャと娘エヴァ、大学教授のアンジェイの父と母など、それぞれの家族がひたすら夫・息子・兄弟の帰りを待ちます。しかし1943年、ドイツがソ連領のカティンの森で、数千人のポーランド人将校の遺体を発見したと発表し、ソ連の仕業と発表しますが、ソ連は否定、ドイツ軍の犯罪とします。

恥ずかしながらこの事については、全く知りませんでした。事実はソ連の犯行であったのですが、長くソ連の支配下に置かれていたポーランドでは、この事を論議する事は厳しく禁じられていたそうです。ワイダの父は実はこの時の犠牲者で、母も父の帰りを待ちながら非業の死を遂げたとか。登場人物全てに監督の強い意思が込められているからでしょう、こちらにもその怒り、無念さ、祈りが、ひしひし伝わります。

収容所に集められた技術者達に将校が、「君たちは国を再建するのに必要な力だ。必ず生きていてくれ」と語る姿が強く印象的でした。軍人達も職業軍人は少なかったのでしょう。ドイツ軍には教育者や文化人を拉致され、残るは女子供ばかり。国を再建するための力を根こそぎ持っていく事に強い怒りを感じました。しかしこれは他の侵略された国もいっしょだったはず。ワイダは自分の背景だけではなく、未だになくならない戦争に対して、それがどんなに非人道的な、国民の誇りを奪い去ってしまうことであるか、知らしめたかったのではないでしょうか?

出てくる登場人物たちに共通しているのは、強い国への愛です。例え辛酸を舐めようとも、ポーランド人としての誇りを守る者、親ソ連側に付くのも、まずは生きて国を変えようとする者、レジスタンスに入る若者など、どれもこれも核にあるのは国への愛です。それが一つになれないもどかしさを感じます。

ラストはどういう風に軍人たちが虐殺されていたかを描いていますが、これが圧巻の演出。故郷で家族が待っている男たちを、機械的に次々射殺して行くのです。まるで家畜の屠殺のような場面を延々BGMなしで映しています。そして映画は終わります。エンディングも一切のBGMなしで、スタッフや出演者の名前が流れるのは、この惨さを脳裏に焼き付ける為の、監督の思惑なのでしょう。

私は83歳のワイダがこの作品を作ったのは、けっして自分の私怨ではないと思います。自分の年齢と真摯に向き合った時、今の世の中に向けて作るのは自分のバックグラウンドだと、気持ちを整理して作った作品ではないかと思います。観た後、戦争に対しての怒りと共に、監督への敬意も湧く作品でした。今回短いですが、この作品から受けた感情を、文章や言葉にすることは本当に難しいです。私の拙い文章より、是非劇場でご自分で確かめていただきたい作品です。


ケイケイ |MAILHomePage