ケイケイの映画日記
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2008年12月11日(木) 「ヤング@ハート」




素晴らしい!素晴らしすぎ!昔書き込みをしていた映画の掲示板で、「芸術とは感動させる力のあるもの」という意味の事を書いておられる方がいて、深く印象に残っていました。深い人生の陰影に彩られたソウルフルな彼らの歌声に、何度心が震えて涙が出たことか。決して上手くはなんです。でもこの感動は、オペラやクラシックなどと対等な芸術なんだと、私は絶対思います。

1982年にマサチューセッツ州のノーサンプトンの高齢者向け公営住宅で結成された、老人ばかりのコーラスグループ「ヤング@ハート」。平均年齢は実に80歳。その彼らの歌う曲は、讃美歌や牧歌なのではなく、ロックばかり。彼らの子供の様な年の50半ばのボブ・シルマンから指導を受けて、年に数回外国にまで出向いて公演している、現役バリバリのロックンローラーのコーラス隊です。

何が素晴らしいって、ラモーンズですよパンクですよジミヘンですよ、ジェームズ・ブラウンですよ!彼らが歌う曲の数々です。好きな音楽は?の問いに、口々に「クラシック」「オペラ」「ほら、ジュリー・アンドリュースの・・・(「サウンド・オブ・ミュージック」です)」などなど、本当は嗜好からはかけ離れているわけね。それがひとたび「ヤング@ハート」の練習となると、自分の中にほとんど数%しかなかったものを、必死で歌い込み手繰り寄せ、「イエーイ、この曲は俺達のモノになったぜ、ベイビー!」(80歳のお爺ちゃんのセリフ)としていくのです。指導者のボブが「新しい曲を彼らに渡す時が一番好きだ。」というのが、実に良く理解出来ます。

この過程は本当にスリリングで苦しいものです。しかし成し遂げた後の爽快感や達成感は、この年齢ではなかなか味わえないもののはず。いやボブや私の年代だって、滅多に遭遇できる機会はありません。しかし私の親や祖母の様な年代の彼らは、一つ一つ難関をクリアして、老いてなお「新しい自分」に出会えるわけです。この好奇心とバイタリティの見事さよ。さらに言えば、これが孤高の行いではなく、大切な仲間と一緒というのは、この年齢ではまずお目にはかかれません。

死の淵から生還し、4年ぶりにコーラス隊に戻ったお爺ちゃんの容体が再び悪化。しかし彼は病院を抜け出し、練習に参加します。「息子は止めたけど、練習に出なかったら、俺のパートは別の人に取られるから」。何なんですか、この執念。老いの一徹ではなく、これは高校生の部活、それも体育会系のレギュラー取りと同じノリではないですか。それも命を賭けた。メンバーは皆、命がけで歌が大好きなのです。「歌っている時は、腰や関節が痛いのも忘れるのさ」。その瑞々しくほとばしる彼らの思いは、観る者の心までを熱く熱くしていきます。

口々に「ボブは厳しいよ」と語るメンバーたち。憎まれ口まで出てくるのがご愛敬です。なかなか上達しない曲には「もうこの曲は止めよう」と容赦ありません。悔しさを滲ませ必死に練習する老人たち。グッドとナイスを間違えるくらい、私ならお年寄りなんだからと、きっと妥協してしまいます。でもそれは本当はとっても失礼な事なんだと、ボブの指導を観て思い知りました。老人だから仕方ないというのは、彼らの限界を勝手に作ってしまうということです。彼らの無限の可能性信じるボブだからこその厳しい指導。やはり復帰したお爺ちゃんが語ります。「俺達がこうやって歌っているのは、ボブの厳しい指導のお陰さ」。年齢を超えた本当に素敵な子弟の絆。

決して上手くはない彼らの歌声に私が涙したのは、甘い戯言から人生の風雪を滲ませたものまで、彼らが歌詞を自分のモノとして消化し、彼らの生きてきた軌跡まで、私の心に届いてきたからです。枯れた味わいや渋さではなく、この若々しい豊かな厚みを引きだしたのは、やはりボブの指導なのですね。

病院で入院中の、ガンで闘病歴のあるメンバーは、「あと10年は頑張りたいよ」と語ります。老人とは過去の出来事は良い事も悪い事も、繰り返し語るものです。しかし現在や未来の自分への願いは、なかなか出てくるものではありません。映画は現在の彼らの境遇については語っても、彼らがどんな人生を送りどんな社会的地位だったのかは、ほとんど触れません。語るのは今の彼らの事と、歌への取り組み方や熱意だけ。今と未来を大切にする老人だけが、過去から解放されるのだと感じます。

言い換えてみれば、昔を振り返るばかりのお年寄りは、未来への希望がないからなのですね。これを一概に老人ばかりに罪を押しつけていいのか?とも思います。私たちは何をすべきか?ボブから学ぶことはたくさんあります。

この年代では避けて通れないのが「死」です。メンバーの死をコンサートの前に知らせるボブ。動揺を避けるため、終わってからでもいいのにと思う私。ボブは語ります。「メンバーの死の哀しさは、歌うことで皆で分かち合うんだよ」。最年長メンバーの92歳のアイリーンは語ります。「私は歌うわよ。だって亡くなった人もそれを望んでいるはずだから。私が死んだら、虹の上に座って、みんなが歌う姿を見守るの」。表面だけの付き合いでは、ここまで死が間近なお年寄りの心を理解するのは無理でしょう。根底に彼らへの敬意を持つボブだからこその、対応だったのです。

場内は笑い声と感動の涙がいっぱいでした。その笑いは上品でゆったりした、お年寄りならではのユーモアに包まれていました。とあるバラエティ番組の御長寿クイズなる作られた老人のボケぶりを、「癒される」と称して笑いものにするような欺瞞は、皆無でした。

老人とは昨日出来たことが、今日や明日には出来なくなっていくものだという固定観念が、私にはありました。しかし「ヤング@ハート」のメンバーは、人とはいくつになっても新しい課題を克服できるのだと、昨日歌えなかった歌を、今日は見事に歌って見せてくれます。そこには保護される老人像は、全くありません。私たちと対等かそれ以上の彼らに、心から畏敬の念が湧いてきます。彼らの公演は全てソールドアウトだそうな。そりゃー、そうですよ。スクリーンで観たって、こんなに感動するんだから。思わずスクリーンに向かって、スタンディングオべーションしそうになっちゃった。


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