ケイケイの映画日記
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2008年11月24日(月) 「マルタのやさしい刺繍」




公開時、制作国スイスで観客動員NO・1になった作品。老女たちの瑞々しい感性とファイトを描くだけではなく、息子世代である中年男の理解のなさやつまらなさも描き、いつまでも好奇心や向上心を失わないのは女性の方だというのは、万国共通なんだなぁと、しみじみと感じました。監督はまだ30代後半の女性のベティナ・オブレリ。秀作です。

スイスの片田舎で住むマルタ(シュテファニー・グラーザー)は80歳。夫に先立たれた哀しさからなかなか立ち直れず、同年代の長年の友人、リージ、フリーダ、ハンニたちは、心から彼女を心配します。マルタは実は裁縫が得意で、若かかりし頃ランジェリーショップを開くのが夢でした。ふとしたきっかけでそのことを知ったリージやフリーダは、マルタを応援することに。念願だったショップをオープンしたマルタですが、牧師でマルタの息子ヴァルターや、頭の堅い村の人々の偏見によって、ショップ運営は暗礁に乗り上げます。

80歳の老女が、チャーミングな下着を作って売るお店始めるなんて、何て素敵な!と、私及びこの日記を読んで下さる方なら、絶対思いますよね?ところが現実はそうはいかず、老女がいかがわしい下着を売るなんて!と、周囲は猛反発といやがらせの嵐。猛烈に怒る私ですが、田舎というだけではなく、現実の世の中はこんなもんなのかも知れないです。自分が浮世離れしているのかもと、ちょっと自覚しました。いや、それでもそんな自分を肯定しているんですけどね。

フリーダは高級老人ホームで暮らす身で、一見優雅な身の上です。しかし何もかも管理され、「ここはまるで監獄ね!」と、ホームの人に毒づきます。ハンニは体の不自由になった夫を献身的に介護していますが、若い頃からあれもダメこれもダメ、ひたすら夫と子供の世話に明け暮れ、忍従の日々を過ごしていました。それなのに夫は無理解、頼りの息子は親の世話を放棄して、二人して介護施設へ行けと言う。元々奔放なリージを含めて、マルタに刺激された彼女たちが、もうお迎えが来る年齢だからとあきらめず、自分の生き甲斐や幸せを求めてホップステップジャンプする様子が、本当に痛快で天晴れです。

日本には「女三界に家なし」という言葉がありまして、女は三従といって、幼い時は親に従い、嫁に行っては夫に従い、老いては子に従わなければならないとされるから、一生の間、広い世界のどこにも安住の場所がない。女に定まる家はなし、という意味合いです。私が結婚した26年前にも、この概念はまだまだ現役でしてね、うちの場合は夫が8歳年上の「フツーの人」だったため、私も大変苦労しました。 今はだいぶ違うけどね。夫の名誉のため付け加えます。

しかしこの概念、仏教由来と聞いたことがありましたが、キリスト教のスイスでも脈々と受け継がれていたとは、正に女とは最後の植民地。息子世代の中年男たち(及びその妻)が、まだ古き概念に囚われる中、皺くちゃで老化した皮膚を自分でごしごし洗い落した母親世代の女性たちが、棘かも知れない自立の道を歩み出す姿は、家族の世話に明け暮れる安定した忍従の生活より、自分で選んだ「自分の」人生を歩みたいという願望を、常に心に抱えていたからだと思いました。

監督はそういう自分の母親世代の女性たちの苦労を、きちんと見つめてきたのでしょう。現実の多くの女性たちには、マルタたちのような生き方は困難でしょう。しかし夢と希望が湧くような老女たちを描く事で、老境に入った女性たちをねぎらい、これから老いていく私たち中年女性へ、エールを送っているんだと受け取りました。やっぱ女同士はいいねぇ!

未来は確実に変わっていくのだということを、老人ホームの若い職員たちや、孫世代の柔軟な対応で表していて、それも嬉しかったです。忘れちゃいけないのが、お爺ちゃんたち。頭の堅い中年男たちを置いてけぼりに、お爺ちゃん世代が軒並みマルタたちに理解を示したのが印象的。昔の男は女房を大切にした人は少ないんですよ。それを隠居して地位や名誉のなくなった身になり初めて、妻の内助の功あってこその自分だったと悟るのですね。四人の中でたった一人夫が存命のハンニが、独善的だった夫を優しく受け入れる姿が、妻の自負を表していて清々しかったです。人生無駄な苦労はないですよね(と、自分に言い聞かせる)。

もう亡くなった患者さんなんですが、私が「この前息子と話してたら、『その話、前にも聞いたわ』って偉そうに言うんですよ。腹が立って『ほな、あと200回話したるわ!』って、言ってやったんです」と言うと、「お姉ちゃん、まだ若いから強いなぁ。私は息子にそんな口、もう何十年と利いてないわ・・・」と力なく微笑まれて、胸が詰まった思い出があります。その時私も30年経ったら、同じ思いを味わうのかと暗澹たる気持ちになりましたが、この作品を観て、そうはいくかい!とファイトが湧いてきました。「老いては自由気まま」。これが30年後の座右の銘になるよう、頑張りたいと思います。





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