ケイケイの映画日記
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2008年10月09日(木) 「容疑者Xの献身」




いや、想像以上に良かったです!この作品はドラマ「ガリレオ」の映画化で、私はドラマの方は全く未見。でもこのタイトルは、東野圭吾が直木賞を取った作品だったので、記憶に残っています。なのでドラマの映画化という観方ではなく、優秀なサスペンスが原作だという認識で鑑賞しました。原作は未読ですが、手堅くまとめた佳作だと思います。

真冬の12月、お弁当屋を営む花岡靖子(松雪泰子)は、娘の美里(金沢美穂)と二人暮らし。ある日別れた夫富樫(長塚圭史)が二人の所へやってきて、あらん限りの暴力をふるいます。困り果てた二人は咄嗟にこたつのコードを使い、富樫を殺害。放心していた時、隣に住む高校教師石神(堤真一)が靖子を訪問。証拠隠滅に協力します。全裸で指紋も消されていた富樫の死体ですが、すぐに身元は発覚。警察の疑惑は靖子に向きますが、靖子母娘には、完璧なアリバイがありました。捜査を担当している草薙(北村一輝)と内海薫(柴咲コウ)は、草薙の大学の同期である天才物理学者湯川(福山雅治)に協力を仰ぎます。そして石神もまた湯川の同期で、天才数学者だとわかります。

最初に犯人が割れているし、どういう展開で見せるのかな?と思っていましたが、サスペンス部分より登場人物の心を掘り下げる手法で、ドラマ部分を強化していました。これが勝因だと思います。

出だしの、そこはかとない石神の靖子への慕情を匂わすシーンは、恋愛には全く不器用そうな孤独人の様相が、短いシーンで充分感じ取れます。それと上手かったのが長塚圭史。美里は靖子の連れ子で、富樫とは血縁関係はありません。すさまじい暴力を美里に振るう様子には、これが過去にも何度もあったろうと感じさせ、殺人犯となった母娘に同情が湧きます。時間の限られた映画でこう感じさせるには、長塚の遠慮のない暴行シーンは有効でした。
原作では多分、もっと描きこんでいたろう心情でしょうが、映画はその辺を短くまとめ、三人の心理や行動には無理がありません。

ドラマではゲスト扱いであろう堤真一と松雪泰子が、実質的には今作品の主人公です。タイトルのXは石神です。ドラマの映画化であるのに、ゲストに華を持たせる以上の、二人をメインに押し上げた作りは、原作を理解した作り手の見識の高さが伺えます。それに応える堤真一と松雪泰子が素晴らしいです。

いつもの颯爽として堤真一は見当たらず、猫背で白髪交じり、37歳にしては老けた様子は、石神の今の状態を雄弁に物語っています。いつも抑揚なく語り、目も開けきらぬようなどんよりした様子は、これも石神の心が現れています。なので雪山での射るような湯川へ向けた眼差しや、靖子の新しい恋の相手への気持ちを語る場面など、一瞬の悪意を感じるシーンが光ります。熱演する場面などほとんどなく、常に能面のようなのに絶望感が立ち込める石神。上手いなぁとほとほと感心していました。

松雪泰子も、今回はきつめの華やかな美貌を封印して薄化粧で臨み、薄幸の美女がとてもよく似合っています。元クラブのホステスであったという設定も、なるほどお水の世界で洗われた美しさだなと感じさせます。そして彼女のような優しく繊細な人は、その世界では苦労しただろうとも感じさせ、お弁当屋を開くのが念願だったというのも、頷けます。観客の同情を一心に受ける女性は、彼女のいつものイメージとは違いますが、松雪泰子もとても健闘して演じていたと思います。

石神の造形を「いい人」だと印象付けて置きながら、何をしでかすかわからぬ、得体の知れぬ不気味さも感じさせ、良い意味で物語の往くへを撹乱させます。サスペンス部分の謎溶きも、無駄と無理がありません。散りばめられた伏線の処理も問題なし。この辺は良い意味でそつがないという感じで、上手く原作の雰囲気を生かしているんじゃないでしょうか。

石神にお前は友人だという湯川。俺には友人などいないという石神。同じく天才と持て囃され、将来を嘱望され二人は、17年間の環境で変わってしまったのでしょう。しかしそのトリック。石神は数学の天才のはずなんですが、頭の良い人は何事にも万能にその才を発揮できるのかと、驚愕します。
その頭脳をもっと違う方に使って欲しかったという湯川に、「そんなこと言うの、お前だけだよ」と語り、「警察に法律違反をさせるのか?大したものだな」と微笑む石神は、決して皮肉を言っているのではありません。湯川の心を素直に受け取り、彼を誉めているのです。こんな真面目で良い人が罪を犯すなんてと、胸が締め付けられました。観客はきっと彼の17年間の孤独と寂寥感に、思いを馳せるでしょう。

そしてラストに今までの思いの丈を放出するかのような石神の涙に、私も号泣。場内すすり泣きがいっぱいでした。湯川は物事には何事にも論理があり、原因不明はないというのが持論の人らしいです。冒頭で、でも「愛は予測不可能」と言ってたなぁと思いだしました。石神には靖子の行動は予測出来なかったんですね。素直に感動しました。

肝心の福山雅治なんですが、存在感もほどほど、堤真一を立てて脇に回って受ける演技を心がけたようで、良かったです。素直で良い意味でアクのないところと、モノ欲しそうでないところが私は好きです。あんまり知的な匂いはないけれど、映画同様そつなく天才物理学者を演じているという感じです。この人が嫌いと言う人は、聞いた事がありませんが、それはきっと意識してピークを迎えないようにしているからでは?メジャー感をキープしながら、どこかサブカルの匂いを漂わせているのも、新鮮さを保っている秘訣でしょう。イケイケドンドンの若いころと違って、32〜3歳からは、意識的に仕事もセーブ気味のようで、上手く飽きられないようにしている気がします。本人の意思かブレーンの戦略か、どちらにしてもクレバーですね。

ところで原作の東野圭吾は、実は私の育ったところの隣町出身の人です。学年も四つ違うだけだし、お祭りの時はいっしょの神社さんに行ってたんだよなぁ。なので彼のエッセイで子供の頃に出てくる場面は、そっくり私の幼い時と重なるのです。その割には3冊くらいしか読んでないダメな同郷人なんですが、この作品の原作は是非読みたいと思います。


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