ケイケイの映画日記
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2008年04月29日(火) 「さよなら。いつかわかること」




足しげく通う、梅田ガーデンシネマでの予告編で知ってから、絶対観ようと思っていた作品。予告編だけでものすごく胸に響くモノがあったのですが、その直感は正しかったみたいです。小説でいうと、珠玉の短編と言う感じの作品です。2007年のサンダンス映画祭で、観客賞と脚本賞を受賞しており、この作品に感銘を受けたクリント・イーストウッドが、自分の作品以外で初めて、音楽を担当しています。監督はこれが初作品のジェームズ・C・ストラウス。

シカゴのホームセンターで主任として働くスタンレー(ジョン・キューザック)は、妻グレースと、12歳のハイディ(シェラン・オキーフ)と8歳のドーン(グレイシー・ベトナルジク)の二人の娘がいます。グレースは現在軍曹としてイラクに赴任中です。そのことで家族が寂しい思いをしている中、グレースの戦死の知らせが入ります。娘たちに言いだせないスタンレーは、突然ドーンの行きたがっていたフロリダの遊園地に、家族旅行に連れだします。

初登場シーンから、堅物で面白味ない男だろうと思わせるスタンレー。娘たちとの接し方が下手で、妻のいない家庭は明かりが消えたような雰囲気です。多分普通の良いお母さんなのだと思うのですが、それ故に妻・母というものが、如何に家庭では偉大な存在であるのかがよくわかるのです。さりげない演出ばかりですが、お母さんは最後まで電話の留守録の声(これがマリサ・トメイかな?)でしか登場しないのに、その存在感を浮かび上がらせるのが、すごく上手いのです。

そして旅の途中、何度も何度も留守録の妻の声に、娘たちに言いだせぬ辛さを語りかけるスタンレーが、とても効果的です。本当にまだ妻が生きているような、自然に相談するような語りかけが、スタンレーの中の妻の存在の大きさを表し、とても胸が痛みます。

子供たちとて、お母さんがいない寂しさを、必死で堪えています。訴えたり反抗したりせず、何も言わず我慢しているのは、子どもとしての、父スタンレーへの思いやりです。こんな良い子たちに育てたお母さんは、きっと素敵な人なんだと、ずっと感じていました。姉ハイディは妹といる時は無邪気ですが、思春期に入りかけの難しい時期で、母のいない寂しさから不眠症になっています。何度もこの旅は変だと感づいているのに、口をつぐむ様子が本当にいじらしくて。四歳下のドーンは、まだ相談するには子供過ぎます。ハイディの思慮深さと、長女と次女の違いを上手く表わしていました。

旅の途中、実家に寄るスタンレー。肝心の母は留守で、愛国心の強いスタンレーとは考え方の異なる、リベラルな弟ジョン(アレッサンドロ・ニヴォラ)だけがいました。父とは仲が悪いのかと叔父に問う姉妹に、「違うよ。考え方が違うだけだよ。お互い受け入れる事が大切なのさ」と答えます。私たちにはイラクの件では、アメリカが悪いと刷り込まれがちですが、こうしてアメリカにだって犠牲はあるはず。そのことを改めて思い起こしました。違った考えを受け入れる大切さを表しながら、最愛の人を亡くしたスタンレー家を描くことで、反戦の心も強く感じます。

旅が進むに連れて、段々と本来の絆が見えてくる父と娘たち。旅の間に妻が亡くなった事を、スタンレー自身がやっと受け入れたのだと思います。不承々々妻の出征を認めた彼には、ある秘密がありました。自分が出征していれば、こんな時家庭に妻がいてくれればと、どこかしらいつも、娘たちと向かい合うことを避けてきた彼には、必要な時間だったのです。この辺りは、父親なら誰しもが、深く頷けるのではないでしょうか?

スタンレーが娘たちに真実を告げる場面では、もう泣けて泣けて。今書きながら涙が溢れて困っています。セリフは音を消して、様子だけ映しているのですが、その直前の「ケガしただけでしょう?私たちが一生懸命看病するから!」と、泣きじゃくる姉妹。この子供らしい言葉の重みが、しばらく私の耳と心から離れませんでした。

出演者は皆、本当に自然な演技で実の父娘のようでした。カッコ良さはまるでないけど、普段は寡黙で少々怖いけど、家族を心の底から愛しているスタンレーを、キューザックは朴とつに誠実に好演してました。姉妹役の二人はこの作品が初めての出演だと知り、びっくりです。とにかく自然で可愛くて、絶品なのです。特にハイディ役のシェランは、子どもらしい幼さと、思春期の入口特有の危うさや憂いを、透明感のある雰囲気で見せ、絶品です。サラ・ポリーの子役時代を彷彿させました。ドーン役のグレイシーは、天真爛漫で無邪気な様子が本当に可愛い!子役の、この年齢でしか出せない、自然な光の放ち方を、監督は本当に上手く引き出していました。

情感豊かな切なさとユーモアを画面いっぱいに描きながら、詩的な哀しさを感じる、とても素敵な作品です。深い余韻を行間に漂わせながら、誰しもが理屈抜きの暖かさと感動を覚える、とてもアメリカ的な作品です。この手の作品を観ると、あぁ私はやっぱり、アメリカ映画が一番好きなんだなと、強く感じます。「エイプリルの七面鳥」「スパングリッシュ」のような、アメリカ映画の小品佳作を愛してやまない、私と同じ嗜好の方に、是非是非お勧めします。


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